怪談・THE私Ver.X・テン
※某年某月某日
ずっと海を見ている人がいた。
あの海辺にめぼしい生き物はいないのに。
だが、人が少ないからあの人にはぴったりなのかも知れない。
バッグには
「あんたのうしろにいるよ?」
と書かれたあの人多分手作りの金属アクセサリーがあったので人間関係に疲れているのがすぐに分かり、何事もなかったように私は去ったのだった。
翌日。
あの人は
「お前が遅いからこっちにあたられるんだけど?」
と書かれたシルバーチェーンと
「いつまで働く事が最善と思ってるの?」
というビラを抱きかかえているクマ型チェーンと
「じじいとばばあばかりの国はドブに溺れて死んじまえ」
と二次元アイドルのキーホルダーを改造してビラのように持たせていた。
やはり見なかった事にしよう。
その気持ちは私にも分かるから。
あの人は今日も海辺を、目を潤ませながら泣いていた。
余計、見てはいけなかった。
翌日
あの人が居ない。
きっと事情があったのかも知れない。
しかし、この日以降現れる事はなかった。
それから
私はいつもの海辺に行くとお婆さんが線香を持ってきて手を合わせていた。
私はそのお婆さんに話しを伺った。
「あの子、生きづらい現代で色々と試行錯誤していたみたいなんだよ。
私は年寄りだから、いい事言えなくてね。
みんな、負の側面を少しでも抱えた人をすぐに闇が深いといって罵倒するのが、お婆さんとしては胸が痛んだんだよ。
あなたのような子が、ずっと心配していたんだねえ。
もし、あの子が生きていたら…いや、こういう事を安易に言っちゃいけないね。」
優しい方だった。
現代でもいるんだ。
もしかしたら私が知らないところであの人はこのお婆さんの理解を得て海辺を眺めていたのかもしれない。
けれど、あの人は海辺にいる時は生きているように見えた。
趣味のアクセサリーで愚痴を作成し、誰とも合わない世界で自然を愛していた。
不寛容なこの社会で、あのお婆さんも色々と悩んであの人の事を考えていらした。
私も、そうなれないかな。
もうあの海辺にはいかない。
次に誰かがあの海辺で癒されにいくかもしれない。
あの人は別の場所へと去っていった。
きっと何処かで一言、金属チェーンにして身につけている。
そういったやり方もあると知った私は、口数を減らして鈴を作りにいった。
メッセージは
「私はここにいる。」
その一つのみにした。
肩身の狭い人間は主張ができない。
その礼節とあの人のアイデンティティを守る為。
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