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この先独りだとしても

※この物語はフィクションです。

もうあの子も高校生か。
そして気がついたら高校二年生になるのか。
俺も歳を取ったな。
老いや若さに拘るタイプでは無いが気にはなる。
昔からダンベル片手にあの子と階段ダッシュなんてしていたなあ。

「教師嫌いなんだ。」

そう俺に伝えたあの子は中学時代をどう過ごしていたのかな。
俺が構う必要は無いし、あの子なら一人でも生きていける。
この美しさと醜さが混沌としている現世でなら特に。
ふっ。
俺もすっかり染まっちまったな。
若手お笑い芸人が上京してこの前まで駅チカのコンビニすら迷っていたのにいつの間にか「肉食いにいこなー」と言い出すアレだ。

俺の自己紹介をしていなかった。
俺の名前は…いや、個人情報が厳しいのでR-MARCと名乗らせてもらう。
アール・マークだ。
虚弱体質を克服する為にずっと身体を鍛えてバイクでかっ飛ばしていた体育系。
教職に就いているが、減給が酷くてね。
愛車を泣く泣く手放したよ。
そんなに浪費はしていないつもりなのに。

スタグフレーション。
夢が叶わないのを諦めるのは容易いが、大事な物を手放す事ほど苦しいことは無い。
これまでの苦労と財産を手放したのだからな。

俺は今後何を失うのだろう。
先の無い現実に消えていく楽しみ。
八方塞がりだ。
そんな時に冷たく俺を突き放したあの子、「春田断時はるのだたっと」君を思い出す。
春田君の御家族に頼まれて、ずっと彼の両親が留守の時によく彼と遊んでいた。
彼は結構隠し事が多くて、隠しきれなかったスマートフォン越しに見えたエロ画像を俺は必死に見なかったことにしていた。
逆に言えばそれぐらいしか隙がない子だった。
俺に懐いていたのかどうか分からないが、小学生にして金銭関係以外の事はよく頼まれていた。

そんな彼に具体的な鍛え方を教えたら、次の日にはプロの格闘家になっていた。
そんなあの子の飲み込みの速さが怖く感じる。
彼が中学生ともなると段々話すのが難しくなり、俺も仕事が忙しくてなかなか話せなかった。
そんなある日に、彼は俺を突き放したのだ。

あれからずっと不安になるものだ。
彼の御家族とは旧知の仲だったのにその人達とも連絡が取れずじまい。
頼るだけ頼って見捨てられるのもまた人生。
恨んじゃいない。
俺は珈琲を買いに行った。
別に美味くはないのだが、お茶以外でカフェインが
欲しくてね。
まあ今時カフェインレスだから意味は無いのだが、気分だけでも味わうのも趣味のひとつ。
冷える気温に冬の近づきを感じつつまた溜息をついて歩いていく。

俺は愛車を失ったこと、かつてあの子から突き放された記憶が絡み合って授業をしても身が入らないこともあった。
熱意を守りながら日々尖っていく子供達や保護者、他教師との戦い。
だが満更でもない。
俺は虚弱体質とも向き合っているからこの程度は慣れている。
稼がないと。
そして、子供達の未来を守らないと。
ただ、その子供達にあの子は入っているのだろうか?
教え子でもないし、血縁もない。
それに彼は自立している。
それなのに関係は長かった。
それなのに…

「先生。大丈夫?」

どうやらぼおっとしていたようだ。
ここで力尽きる訳にはいかないな。
そうこうしている内にチャイムが鳴り響く。

俺は休憩の為、コンビニに寄っていく。
すると見覚えのある誰かを見た。
あの子だ!
ただ素人目から見ても行動が怪しかった。
万引きをしようとしている?
しかしギリギリの所で立ち止まっている。
あの子のLINEは登録していたが確実に変更されている。
なら、近くに彼を脅している奴らがいるはず…見つけた!
俺は隠し持っていた衣装に着替え彼奴らへ飛んでいく。
跳躍力は未来少年並といじられ、虚弱体質と思われないように鍛えてきた才能が再び使用されることになる。

「生徒諸君!」

俺は変声機も密かに作っていたから正体を安易にバラさない。
バイクいじりなんてやってると他の事もやりたくなるのでね。
やれることが増えるのだ。

「な、なんなんだこいつ?」
「写真撮ってアップしてやろうぜ。」

やばい!
そんな、わけには、いかない!
俺…私は脚さばきで彼らの端末だけを蹴り飛ばす。

「ハッハッハ!どうだ?端末だけを捌く通称、個人情報カーフ!
君たちは誰かに万引きの指示をしていた!
つまりこれは私の正当防衛であり生徒防衛なのだよ。
意味分かる?」



R-MARC

三名の彼奴らは固まっている。

さて、首領が遠くで指示を出しているはずだ。
時間でも稼ぐか。

「端末カーフ…自分なりに考えたネーミングだけれど若い君たちにも分かりやすいでしょう?
痛くもないし痒くもない。
端末は最低八万もするけれど、悪事に利用してきた時間や金額に比べれば安いよね?
ね?安いっていいなよ。」

カシャッ!

しまった!
我ながら優勢に立てたと勘違いして喋りすぎた!
今のは首領か?
やばいぞ!

「阻止せねば!」

死にものぐるいで写真を撮った人間を探す。
この姿を世界に垂れ流すわけにはいかないのだ!
それがあの子を守る為であり、私を守る為の行動だ!

コンビニを見るとあの子はいなかった。
俺の事に気付いたのかも。
相変わらず頭が良い。
もう話すことはないけれど助けたぜ。
そして写真を撮った者を血眼で探す。

すると廃工場へとついた。
変装しているということも相まってなんだか熱くなった。
スーツアクターが鎬を削っているロケ地に自分がいるかのようにも思えたからな。
まあ写真を撮った者も首領のパシリかもしれない。
首根っこを掴ませてもらう。
ただそこからは大変だった。
この廃工場は彼奴にとってホームグラウンドのようで幾つもの罠が襲ってきたのだ。

いやあ、助けてくれ!
いい大人がそんなことを言えないのは辛いが言った所で恥をかくだけで生き残れはしない。
私は罠を掻い潜り彼奴を見つけた。

やった!
努力って…報われるのね。

しかしそこにはあの子が彼奴を取り押さえていた。

「これも正当防衛。」

ライセンス問題に引っかからない護衛術か。
相変わらずのタフネスだ。

「あっ、悪い。ここで大人しくしてもらう。」
端末を彼奴の罠に処理させ気絶させた。
クール過ぎんだろ?
暫く見ない内に何があった!

「R-MARCだろ?また早合点して。」

は、早合点?

「久しぶりに会う大人にそんな口の利き方はないでしょ?
というかバレてるのね。」

話を聞くと万引きの為にパシられたわけではなく、イジメグループを壊滅させる為に動いていたらしい。
それ以上はコンプラに引っかかると釘を刺された。
この子は世界で通用するトップファイターになりそうだ。
俺はいつの間にか強くなっていく彼の姿に若干ついていけなかった。

「けど、あなたが動いてくれたおかげでグループの根城がここだと分かった。」

「そ、そうか。力になれて良かったよ。」

なんだか逆に助けられてしまった。
俺はどうしようか迷っていると彼は俺の肩に手を置いた。

「昔酷いこと言ってごめん。
教師って信じられないからさ。」

気にしていたのか。
人は相手にした事を覚えておらずされた事は覚えると言うが…何事も一概には言えないということか。

「新しい連絡先。
勝手にブロックしてごめん。」

彼は頭が良くても不器用なだけかもしれない。
俺はずっと過ごしたのに彼について何も理解してあげられなかったのかもな。

「次はきっと助けられる。
改めてよろしくね。」

その後、後ろから久しぶりに彼から本名で呼ばれた気がした。
俺はまだ何も失ってなどなかったのだな。

愛車が何だ。
また乗ってみせる。

彼と俺。
別々の道がまた交錯する時に手助け出来ればそれでいい。
俺達は互いにこれ以上語らずに帰っていった。
長くて、濃い休憩時間も俺にとっては課外授業だった。

エンディング~ツヅキ唄~

何を 果たそうとも 無駄に終わる
今日も また屋台で愚痴をこぼす
ここでしか 味わえぬ
LINEが届いた「美帆美帆ナウ!」
こんな時に送る そんな奴も友

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