ツクモガミ
あらすじ
二〇〇二年に製造された糸人形『ディアルド』
は幼かった少女、苓葱と出会った。
大切に扱われ、今ではクローゼットの奥で彼女の推しであるアイドルのグッズ共にしまわれている。
同棲相手の咬蜜嶺 銀類蛇と親交を深めて現実と理想の狭間にいるバンドマンである彼を苓葱と共に支えるのだった。
想い出は儚い。
最初から関係が終わることを知りながらも、消えない残滓を懐かしみながら糸を織る。
こうして飾られ、二◯◯二年から製造され二十一年の時間がワレに積み重なった。
「用途が分からない。」と吐き捨てられた糸人形。
平成初期じゃあそう思われても仕方がない。
物の価値が現在とは異なる。
捨てる神あれば拾う神あり。
ワレは少女に拾われ、少女が大学を卒業するまで見守ることができた。
『今はクローゼットにしまわれているがね。』
隠れ腐女子?だったか分からないが無数のアイドルとの想い出と共にワレは飾られている。
「ただいまー。
ああ。苓葱は外出中か。」
この令和の日本でヤンキーなのかビジュアル系なのかホストなのか分からない男性が入ってくる。
勿論会話の相手は…
『またお主か。』
「嫌だなあ。
もう知らない仲じゃないだろう?」
咬蜜嶺 銀類蛇。
専門学校を卒業したばかりのバンドマン。
そして苓葱のルームパートナー。
あとのことは皆さんにとってありがちな出来事だと思う上に、細かいことは貴重な友人なのでワレは突っ込むことはしない。
『ボーカル以外やらないと言うたであろう。』
「糸人形が歌うって、オカルト通り越してAIの領域だから。
それにセンターは譲れねえ!」
彼は ま っ た く 売 れ て な い!
ワレはそんな彼に歌詞提供をしていたり、酔って専門学校の友人がスカウトされてデビューした時にネチネチ愚痴を言っていたのもバーテンダーを真似して聞き流した仲でもある。
「死にたい時があっても、あんたみたいな隠れメンバーがいるからモチベが減らねえ。」
『ならワレをボーカルにするのだ。
苓葱のパソコンから黙って様々な音楽を学んだ。
呪いとして語り継ぐ歌をポピュラーなタイトルとして世に出し、ワレらで新しいこバンドを組むのだ!』
わかったからと抑えられ、それでも彼はボーカルの座を譲らないと押し問答は続く。
『なんだ?
多様生の社会ではないのか?
ワレは今年二十一歳のアイドル…いや、ゆるいツクモガミであるゆるガミであるぞ!
そんなワレがポピュラーな歌詞を執筆し、浮かんではねるのだ。
ネタ切れの業界にとってこれ以上の芸術はない!』
「そうなんだけどさ、多様生って叫ばれているだけで実際はそこまで変わってないんだ。」
糸からそれは伝わってくる。
苓葱も彼にバンド活動を続けて欲しいから居候ではなく同棲ということになっている。
ワレは忘れない。
苓葱と彼の…いや、糸人形が具体的にそれを伝えるのはやめておこう。
『糸人形が歌ってはいけない法律が可決されたのか?
そんなはずはない。
人間嫌いの芸術好きに響くワレのシャウトをお届けするのだ!』
「う〜ん。
ツインボーカルでやってみないか!
って言いたいけどごめん!
ディアンドルをAIってことにしてメインデビューを目指す方が俺たちの活動方針としてこの上ない斬新なやり方だ。
けど…それを許してもらえるほど甘くないんだ。」
彼はすっかり現実に打ちのめされていた。
気持ちは分かる。
『なら…このまま一発も放てないまま仕事をするのか?』
「え?」
『悪いとは言わない。
現代は確かに夢がない。
逆に言えば現実的な解答は二十一年の経っても存在しない。
忘れたのか!
銀類蛇が本気で音楽を諦めていたあの日を。』
ーある雨の日だった
銀類蛇は川へ飛び込もうとし、苓葱が止めた。
「俺から音楽を取ったら…クソみたいな正社員をやらされるかヒモだとバカにされるだけだ。
苓葱みたいな可愛い女の子ならいくらでもチャンスがある。
男ってのはこき使われる以外やることがないと年寄りが決めてる。
自分達は妥協した大人のつもりで子供に介護してもらおうと都合のいい屑に成り下がってまで洗脳する。
だから伝えてやりたかった。
俺たちの嘆きを。
けれど世に出るのは…」
苓葱は黙って銀類蛇に傘をさし、ワレに…ディアンドルと名が付けられたワレと引き留めた。
『ワレらはずっと過ごしただろう?
ワレも苓葱も銀類蛇の音楽が好きだからずっと共にいる。
』
「私は銀類蛇の音楽がなかったらアイドルに出会えなかった。
出会えても銀類蛇の音楽しか魂に響かない。
一つのことで食べていけないのは私もそう。
けど、死ぬのはなんか違う。
生きてとも無責任に言わない。
なら、一緒に住まない?」
銀類蛇は驚いた顔をし、ワレらを見つめる。
『自慢じゃないがワレも働いたことはないぞ?
友達も銀類蛇以外いない。
糸を触るぐらいしか取り柄のなかったツクモガミのワレが初めて携わった歌詞作成は忘れられない。
ワレも憎しみがないわけではないのだ。
だからこそ…近くはないが遠回りせずに訴え続ければ、通じ合える関係も生まれるのではないか?』
銀類蛇は涙とともに苓葱を抱きしめ、ワレは宙を浮き見つめた。
濡れないように置き傘を用意してもらっていたので心配はない。
ー今へ
銀類蛇は持参していたドラムスティックを握り、エアで打ってくれた。
『副業探しならワレに任せろ。
むしろ…ワレが副業を手伝う報酬としてさっき言ったツインボーカルとして採用して欲しい!』
銀類蛇はスマートフォンのマネキンを見せてくれた。
「ディアンドルならこの方法でいける。」
こうして売れないワレらは試行錯誤を繰り返した。
ーとある場で
「今回は初参加となります。
『シトラスブレイズ』の皆さんがやってき…あらあら?そのマネキンは?」
司会の人がアドリブを入れはじめた。
そりゃあ台本通りにはいかせませんよ。
『ワレ…ワタシはどこでも挑戦状でプロレスラーと激闘を繰り広げ、断獄デスマッチ一九九九代目チャンピオンのつっきーです。』
司会の人はこれが腹話術でないことに気付いていた。
しかし知らないふりをして初めての人に説明してくれた。
「もしかして!あの知る人ぞ知るプロレス団体にある試合の中でどこでも挑戦状を受け取った人…またはモノでも勝てばチャンピオンになれる伝説の試合を買ったんですか?」
「お、俺たちはそんな経験もしながら音楽をやってます。
夢を諦め、現実も諦めたけれど…繋がる糸は鉄よりも硬く、そして絹より柔らかい。」
司会の人は続けた。
「それではお聞きください!シトラスブレイズさんで、『うつむく日よさようなら』」
ワレらの魂が少しずつここにいる誰かに通じるその日まで、縁をつなごう。
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