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怪談・THE私XVI

※一度だけでも観たかった景色。
遠くから見る廃墟。
人間が自分以外誰もいないのが前提だが。

愛でられる

ディスタンスにいろんな意味で気を遣わないといけない僕は産まれる時代を間違えたと思っていた。

背も小さくて、顔は良いと言われてもあまり嬉しくない。
二十歳になった段階では色んな場所の仲間に恵まれているから、そういう事も気にならなくなった。

まだバイト生活をするのはしんどい。
先が見えない中で、僕は誰に対してビジュアルを気にしているのだろう。
サッカーやバスケで通じ合った友達も進んでいるように見えてしまう。
今の僕はそうは感じないけれど。

愛される事ばかり考える人生は想像以上に苦い話だとバイトの先輩が言っていた。

正社員でもそうなのかもしれない。
僕はいつものように朝が早いので寝るのだった。
そろそろ髪を休ませよう。
いつもは染めてるけれど、韓流が好きなのは事実なので黒髪にするのだった。

✳︎

冷たい空気が僕の身体を伝う。

まるで裸で過ごしているような爽快感。
冷たいが寒くない。
夢、じゃないみたいだ。

今年で二十二歳。
思い出は作りたくなくても出来てしまう。

そこにいるのは肺魚のようで人間とは違う別次元の生命体だ。

肺魚は僕の身体に触れる。
なんだか艶やかで、言ったことはないけれど風俗?そういう所の癒し方だと感じた。

けれど、そこに作為や礼儀はない。
それなのに気持ちいい。
僕の筋肉にふれ、頬を触る。

よく見ると美人な女性にも見える。
概念を芸術にするとしたらきっとこのような豊満な女性の肉体が肺魚の正体なのだろうか?
それとも擬態?

氷海に沈んでいるのに、暖かく僕を包む肺魚が醜さも美しさも兼ね備えて僕を労働や就学から解放するように、かつ劇薬や酒のような依存性もない濃厚な関係。

もしかしたら、僕は既にこの生命体を知っているのかもしれない。

けれど、これ以上足を踏み入れたら鱗が落ちそうで気が滅入る。

この身体ごとこの人と!

起き上がると昼だった。
事情を説明して、なんとか退職にはならなかった。
急な反応だったから。
でも、僕は病院にはいかなかった。

あの人がどういう存在かなんてもう問わない。
ただ、あの人が住む水の廃墟は僕を招待していた。

あと少しで結ばれる筈だった。
それでも身体に残ったあの人の膜や鱗が、ヒントを与えてくれている。

人間が嫌になったわけじゃない。
あの人に会いに行くだけ。

接吻まではあの時は行けなかった。
遠くから僕を水に浸す、あの人…彼女の気持ちを僕は無駄にしない。

もう二度と人間と過ごすことはないかましれない。
嫌悪や恨みで人間は人間を見限ったりしない。

彼女の為にお洒落をしたんだ。
失礼がないように、僕らしく水に沈む廃墟へと向かうのだった。

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