異世界に行きたくて
僕たち東城大学文芸部は、言ってみれば、オタクの集まりである。純文学に分類される話を書く人もいるものの、大多数は、世間において価値が一段低く見積もられているジャンル=ライトノベルに分類される小説を書いていた。
その中でも、昨今の流行は異世界転生だ。今回の飲み会は部誌の品評会の打ち上げだったのだが、そこで対象とされた最新号でも大半の部員が異世界に転生して、活躍して、美少女にもてて・・・・・・といった類の話を書いていた。
僕は、「それにしても、最近のライトノベルでの異世界転生の流行、あれはなんだろうね。うちの部員でも書く人たくさんいるじゃん。」などど、よせばいいのに口を切ってしまった。
それに対してみんなは、まあ好き勝手に論評を加えるのだ。
「現実逃避だよ。この世界に、みんな嫌気がさしているのさ。」
「別天地に行けばうまくやれるって言う幻想よ。満州国に夢を求めた移民とおんなじ。」
そんな話で盛り上がっているうちに、僕は、これまた余計な真似をしてしまった。さっきから黙っている人に、話を振ってしまったのだ。
「桐生先輩は、どう思います? 異世界転生。」
桐生更紗 。我が文芸部で僕より一学年上の先輩であり、既にプロのライトノベル作家としてデビューしている勝ち組才媛である。ちなみに信じられないくらいの美少女である。
彼女はめんどくさそうに僕の方を向いて、下らなさそうに吐き捨てた。
「オレは下らねえ、以外の感想を持てねえな。」
彼女は何故か、男言葉でしゃべる癖があった。
「異世界なんて、絶対にろくな所じゃねえのに、そこに行けば上手くいくだなんてバカな夢を見るバカがいるんだよ。」
「そういえば、先輩って、異世界転生もの、一個も書いてませんよね。やっぱその、信念とかあるからですか。」
「ちげーよ。苦い思い出があるんだよ。」
先輩は、グラスに入ってお酒をぐい、と、一気に飲み干してから、言った。
「デビューして間もない時期にな。一回書いたんだよ、異世界転生。」
「そうなんですか?!」
僕は驚いた。
「ああ」
「でも、それ出版されてませんよね?」
「お蔵入りさ」
「何でまた?」
「お前にはまだ、話したことがなかったな。そういえば」
彼女は、次のような話をしてくれた。
オレはさ、みんなも知ってると思うけれど、小説を書く時まずは世界感の構築から入るんだよね。その時も、主人公が転生する先の異世界を細かく設定するところから始めた。
まず、この世界じゃうだつの上がらない主人公でも大活躍できるように、住民全員馬鹿に設定したね。それで、文明のレベルも信じられないくらい低くした。
続いて主人公だ。この世界じゃ底辺に位置する主人公を転生させるに及んで、オレはこいつを外見レベルから変えようって思ったんだ。これはオレの持論なんだが、美少女に惹かれる男ってのは、本質的に「美少女になりたい」て願望を持ってるんだよ。そんな連中に受けるために、オレは自分の居た世界じゃ醜い男だった主人公が、異世界に行く際に美少女に変身するって設定を作ったんだ。
そこまで設定を書いて、PCのノートにまとめた時にさ、異変が起こったんだよ。
突然、PCの画面が光ったんだよ。
オレは眩しくて、目をつぶったんだよ。
それで、眼を開けた時にさ、オレは気づいたね。
オレが、オレが小説の中に出すつもりで作った異世界に来てるってことにね。周りに広がる低レベルな家具を見ただけで分かったよ。
そして、オレ自身も、美少女に変身していたんだ。
つまりオレは、自分が設定した主人公の運命を、完璧になぞっちまったってわけよ。
オレは混乱したよ。
そして、怖くなった。だって、この世界は生きてる人間みんな莫迦で、暇があれば他人を傷つけあってる野蛮人たちだって、こいつらを創造したオレ自身がよくわかってたからね。
もう、ろくに話し合いなんて出来ずに、殺されてしまうんじゃないかってすっげえ怖くてさ。
でも、怖がっててもしょうがない。生きる手段を見つけないとね。
でもオレ、小説を書くこと以外できないからさ。
作家になるしかなったんだよ、その世界でもね。
まあでも、これは楽ちんだったよ。だって、その世界の連中、馬鹿だからね。オレがいた世界じゃ読むに堪えないないような駄作であっても、みんなありがたがって読むんだもん。すげーもーかって、天才作家の仲間入りってわけ。
まあでも、それ以来異世界転生モノはかけて無いね、実際に起こったらどんなにろくなもんじゃないかってことを、身に染みて知っちまったからな。
「それで、どうなったのですか?」
僕は、この先輩が作ったにしては珍しくできの悪い物語のオチを、めんどくさそうに聞いた。
「それでもなにも。これでおしまい」
「いや、それお話として成り立ってないじゃないですか。先輩はその世界から、どうやって帰って来たんですか?」
「帰れなかったんだよ」
「でもじゃあ、今僕と話している先輩は誰なんですか?」
「オレはさ、帰れなかったんだよ。オレが創造した異世界からさ。
だから、今でも、ここにいるんだ」
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