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すしとあの人・155 「小津安二郎」

小津安二郎といえば、日本の映画界の名監督です。彼はすしが好きだったようで、召集令状によって中国戦戦に出向いた昭和14年(1939)2月23日の日記には、「食ひたいもの」として「かきフライ。天ぷら。蒲焼。すし。鯉茶…」とあります。激しい戦禍に見舞われた時にあっても食欲が旺盛なのは、逆にいえば、それだけ飢えていたのでしょう。

 

しかし小津映画には、すしはそれほど出てきません。すし屋となると、一作品だけだったといいます。

昭和26年(1951)の『麦秋』では、専務の佐竹が料亭の娘・アヤをからかい半分ですし屋へ誘うシーンが出てきます。

 「すし、何好きだい?」

 「まぁ、トロね」

 「トロか…。ハマどうだい? ハマグリ」

 「好きよ」

 「海苔巻きどうだい?」

 「きらい」

 「君も変態だよ、はっはっは」

まぁ、ハマグリを女性器に、海苔巻きを男性器に見立てた、品のない下ネタ話ですが…。

小津はこの『麦秋』では脚本も担当しており、わずか3ヶ月の短期で書き上げました。場所は神奈川県茅ヶ崎市の常宿であったのですが、この間、実にたくさん、すしを食べています。とくに終盤の頃は、毎日、すしをとっています。そのすし屋が「すし元」。小津は店にもよく通ったと思われ、先のような下世話な話も、案外、こういうところから仕入れていたのかもしれません。

なお、小津は「すし元」を映画で登場させたことがあるのです。昭和31年(1956)の『早春』で、主役の女性の実家がおでん屋で、その店のある路地の一角に「すし元」と書かれた提灯があります。小津のいたずらっぽい性格が見え隠れしています。

 

すし屋が登場するのは昭和35年(1960)の『秋日和』。

 「ああ、うまいねぇハマグリ。(略)」

 「タコ、おつけしますか?」

 「タコはもうできてんだ」

 「へ?」

 「ハマグリだよ。やわらかいとこ。ハマグリは初手か…。あっ、あと赤貝、頼むよ」

ハマグリも赤貝も女性器。タコも、吸い付くような名器のこと。

おわかりの人は、何人いたでしょうか。

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