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【2023年の自問自答ファッション】悪魔と毛布を抱えて旅へ出る


そろそろ行かねばと思っていた

2023年11月。
トランクを手に入れてから早数か月(※1)…というより、一年が経とうとしていた。

部屋に置いたトランクから、無言の圧力をひしひしと感じる。そのたびに「うっごめんよ、先にやりたいことがあってね」と言い聞かせていた。
自問自答を重ねていくうちに、これはまずファッションじゃないよねということが透けて見えていた。
ファッション以前に環境を整えなければならない。そんな思いがわたしのこころの奥底に確かに眠っていた。
気づいてしまったので、なかったことにするわけにもいかない。
思えば、靴を買って「可もなく不可もなく島」から脱出(※2)しようとしていたのだ。その必要としていた覚悟が、靴ではなくトランクだった。それだけのこと。
島から別の世界に飛び出したのなら、新しい環境に馴染むまで時間がかかるのも、まず先に手をつけないといけないことがあることも、仕方のないことだった。

それもようやく落ち着いた。
待たせてごめんね、さてさてどこへ行こうかと思考をめぐらせていたとき、LINEが届いた。

「受注されていたコートが届きました。都合の良いときにいらしてくださいね」

毛布のようなコート

夏のはじめ、そのお店の前に立っていた。
初めて入るお店。初めての受注会。ひとり。
緊張もひとしおである。
前々からその店の存在は知っていた。
そんな中、気になっていたブランドを扱っていて、なおかつ受注会をやってることを重ねて知ることとなる。
本当は2023年のSSシーズンの受注会から行きたかった。けれどその期間はトランク試着の旅の予定とドンピシャだったこともあり、あえなく断念した。
天は二羽を追えない采配をなさる。
なのでAWシーズンで初めての対面と相成ったわけである。

そのコートを羽織ったとき、「ああこれはわたしのための毛布だな」とストンと落ちてきた。腑に落ちたというか。
わたしの「これぞの決めて」はポエムでもエモさでもBGMでもなく、いかに肚に落ちるからしい。
あっこれはわたしだ、とわかる。
わたしの一部がこの世界の中にバラバラにこぼれ落ちていて、それらをひとつずつ見つけて、取り戻していく感覚に近い。
ここにいたのね、とひとりごちる。
ライナスの毛布みたい。気負いもなく、肩肘をはるわけでもなく、すんなり体を包み込んでくれるコートだった。

食の世界で地産地消という言葉がある。
その土地で採れたものを食べる。
どうやら身の回りのものも、そうでありたいなと思っているところがあるようだった。
住んでいる土地の、民族衣装を作りたい。
正確にいうと民族衣装という言葉を当てはめるのは間違いだけど、日本は縦に長いのに、なんで一律の夏服、冬服があるんだろうと前々から思っていた。東京基準のそれはこの地では合わないこともある。
その土地に相応しい格好をする。そういうのを選んでいきたい。
別にその土地発のブランドや素材じゃなくてもいいんです。ただ地元で集められる服でファッションを楽しめれれば。
そしてそれは服だけではなく、食器や生活用品などにも意識が向いている。
今や気軽にオンラインで買い物が出来る時代だけど、足を伸ばせば買える範囲で物を選びたい気持ちがある。とはいえ普通にオンラインでも買う。

もし自分が今と違う土地に移り住んだら、また違うファッションになり、生活用品もガラリと変わる。
もしくは今とミックスされて新しいものが生まれるかもしれない。

そう妄想するとワクワクする。
どうやってもブリコラージュに惹かれてしまう。
コンセプトをブリコルール(※ブリコラージュをする人のこと)にしてもいいんじゃないかとも思ったときもあったが、わたしの中では「つつむひと=ブリコルール」であり、馴染みのない言葉を使うよりも、自分に身近な言葉のほうが落ち着いた。なので結局そのままにしている。
コンセプトはただの言葉遊びであり(そしてその言葉遊びの部分があきやさんの魔法だ)、その向こうの本質を自分がしっかりと捉えられてさえすれば、言葉の違いは些細なことのように思えてならない。

そんな思いもあって、地元のセレクトショップで気になっていたブランドの取り扱いは嬉しいことだった。きっとご縁があるし、わたしの理想と上手い具合に重なる。
何より、もう脱ぎたくないです…という気持ちが勝ってしまったがために、購入に踏み切ることにした。
店員さんに「もし地元で同じコートを着ている人がいたら、運命ですよ」というキラーワードを放たれながら。
むしろ全部のコートが欲しかった。とっかえひっかえして暮らしたい。それくらい魅力的な服たちだった。きちんと考えられてる服だった。

◇◇◇

トランクが攻めなら、コートは守りだ。
トランクが重くて扱いにくいものだったら、コートはどこまでも優しい。
攻守が揃ったな、といった感じです。いわゆる剣と盾みたいなもの。
それらを抱えて向かうのは、戦いではなく、自分のための旅路である。
LINEが届いたときから、コートのお披露目とトランク旅を一緒にしようと決めていた。
トランクを買ったのが満月。それならば12月の新月に泊まりにいこうと予約を入れた。

いざ行かん、トランク旅

とはいえ、トランクは重い。
列車に乗って、というのは無謀なのは最初からわかりきっていたので、車を走らせ目的地へ向かう。
今回選んだのは、ラウンジがブックラウンジになっているホテルだ。
本と温泉とお酒!という最高なラインナップ。
トランクを抱えて、入り口に向かい、「さて」と思っていたら、すかさずホテルの方が近寄ってきて「お泊りのお客様ですか?」と聞いてくれた。
そのラウンジは日帰り客やカフェ利用などが出来るようになっている。
なるほど、これが自己紹介。
その日のわたしはトランクを持っていて、明らかに「旅をしているひと」だった。

受付を済ませ、部屋に荷物を置くやいなや、ブックラウンジへ向かう。
立ち並ぶ本をひとつずつ確認しながら、今日の恰好はこの場所にも馴染んでいて良かったなと再確認する。
ラウンジ内で利用できる館内着もあったので、服は1セットしか持っていかなかった。荷物の軽量化のためでもある(なんでも入る鞄なのに、物は最小という矛盾!)
だけど館内着はいわゆる館内着、というものだったので、気分が乗らず、結局ずっと私服のまま本を読んでいた。

その服は蝶になる前のサナギの殻

「鏡を見る」ということは、客観的な目線を取り入れるということだと思っている。
そういうのを外して、似合わなくてもいいし、好きじゃなくてもいいし、なりたい格好じゃなくてもいい。
ただただ自分が損なわない、素のままでいられる服を、熟考もせずさらっと買い集めたのが、今回の服装だった。
図らずも最初に考えたコンセプトっぽい服(※3)になってしまったのが面白い。

ボトムスはスカートの日もある

スタイルをよく見せなくてもいい。
人に慮らなくていい。
むやみに人を傷つけたくはないけれど、本音を言って離れる人たちならば、それは仕方ないことにする。
食べたいときに食べるし、眠りたいときに眠る。
わたしが、「わたし」でいられる服。

そんな服を求めていた。
これは一時の選択で、ずっとこんな服を着るつもりはない。けれど、今のわたしには、一度立ち返る必要があったのかなと思った。
自分の輪郭を思い出すための。
いも虫から蝶になる前、サナギとなり硬い殻を作り、中身をどろどろに溶かして体を作り変えるように、自問自答ファッション一年目で見つけた自分の核を、2年目で殻にこもって一度自分をぐちゃぐちゃにする必要があるようだった。

この服は完全に冬の制服になっている。
ふところの広い、本当にいい服だ。
だけど、人に対してよく見られたい意識が欠落している服でもあるので、早々にリニューアルを図るかもしれない。
サナギはいずれ蝶になる。

パーツが集まって産まれる

温泉に身を任せて身体を思いっきりゆるませ、がっつりと読書にふけり、美味しいご飯とお酒を堪能した。
しっかりと時間を取る(使う)というのが、わたしにとって大事なんだとしみじみ思う。
すき間すき間でいろんなことをしがちだけど、本当はこの時間はこれだけをします、という使い方をしたほうが気持ちが良い。
時間があっという間にすぎ去って、なおかつ充実したお泊まりだった。
チェックアウトの時間が近づき、コートを着てトランクを持つ。
その瞬間、「あっ今のわたしが完全なわたしだ」と思った。
ラウンジ内で過ごしていた服もわたしであったが、コートとトランクが足されることにより、パーツが全部そろったかのように思えた。
あきやさんの教えがひしひしと身に沁みる。一年の締めくくりとしては最高だった。

◇◇◇

革のトランクは雨の日には心許ない。
完全に防げはしないだろうけど、雨よけ用の撥水ふろしきが今年は欲しいなと思っている。必要のないときには荷造りにも使えるので。
あと、トランクで移動するときは、別に貴重品を入れておくバッグが欲しいなと考えていたが、今回ラウンジ内で使えるサコッシュを貸してくれたので、解像度が深まった。
次回はああしたいな、こうしたいなという思いが自然とわいてくるのが素直に嬉しい。
基本的に家具枠で、収納ケースとしての用途のほうが多くなっちゃうかな、と思っていたが、思いのほか旅立つことが多くなるかもしれない。
新しいものは自分に馴染ませるのに時間がかかる。
自分の範囲外のものならなおさら。
けれどもそうやって、おっかなびっくり触りながら、使ってみたり休ませたりして、時間を重ねていくことが尊いのかもしれない。


わたしの悪魔ちゃんとは長い付き合いになりそうである。




◇◇◇

以下、注釈

※1トランクを手に入れたはなし

※2呪いについて考えてみたはなし

※3コンセプトから制服を妄想してみたはなし

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