論より直前魔法

パンジャリア王国の王都ティーミルでは、ちょっとした事件が起きていた。


現国王ゴパンドリア=パンジャリアの息子、第3王子レカーノが5年の学生生活を終え、今日王都に帰還した。5年も会えずにいた親バカ国王は大張り切り。凛々しく成長した我が子のためにと、妻ミランダと共にこの日を待ちわびていた。

居城であるティラミア城ではレカーノの卒業を祝し、盛大なパーティーが行われ、大臣や賢者、神官長、預言者など様々な分野の重鎮が招待されていた。
レカーノの魔力は並外れていて、マージリア魔法学校を首席で卒業した今、どの分野においても必ずや良い実績を残すであろう人物だ。我先にと、それぞれの分野の素晴らしさや重要性を語っていく重鎮たち。その中には自分の娘を紹介する場面もあった。女性たちの熱烈なアプローチに、レカーノは愛想笑いを浮かべ、見事に王子としての職務を全うしている。まぁつまり。受け流したってことである。
その姿を見て涙する、ゴパンドリアとミランダ。5年の月日は長いもので、便りでのやり取りはあったが、大きく成長した息子の姿を見るだけで涙が溢れだす。マージリア魔法学校は、創設されて間もないが、並外れた魔力を有するものしか入学できなかった。魔力の制御ができぬ者を対象に、魔法学校より強制的に入学させられる。それが王の息子であっても例外はなかった。確かに隠すことの出来ない魔力は自身にも危害が及ぶ。そして卒業するまでは会うことすら叶わない。
どれだけこの日を待ちわびたか。ゴパンドリアとミランダはこの日、溢れる涙を止めることができなかった。

余談だが、王家の涙は、薬として調合されることもある。医者、調合者などが王たちの周りを囲んでいた。それはそれは甲斐甲斐しく、ぐしょぐしょのハンカチを受け取ると、さっと新しいハンカチを差し出す。そして濡れたハンカチから丁寧に涙の成分だけを抜き取り、瓶詰をする者、裏では既に薬の調合を行っている者もいた。


さて、事件に移ろう。ある程度の挨拶を済ませたレカーノは一息つき、窓の外を眺めていた。すると何かを見つけたようで、疲れ切っていたはずのレカーノは、途端に満面の笑みを見せた。ぐしょぐしょで情けない顔をしている両親の元へと急ぐ。彼の目には強い意志が現れていた。さて、ここからが事件が始まる。

「父上、母上。本日は私の卒業祝いのために、このようなパーティーを開いていただき感謝いたします。ですが私、レカーノは王位継承権を放棄し、ある方との結婚のお許しをいただきたく存じます。どうか一生で一度のわがままをお許しいただけませんか。」

突然の申し出に、二人の情けない顔が更に情けない顔へと変貌した。

「何を言う。一体なぜ王位継承権まで放棄など・・・結婚ならレカーノに相応しい女性たちをすでに準備しておる。誰じゃ、魔法学校の生徒なのか?この5年で何か悪い女にでも唆されたのか」

ゴパンドリアの顔が徐々に怒りに満ちていく。レカーノは反対に決意に満ちた顔で両親を見つめている。

「反対されるのはわかっているのです。でもどうしても、私はあの方と一緒になりたい。どうかわかってください。お願いいたします。国王陛下」

「いや!絶対に許さんぞ!その女をここに連れて参れ!きっとろくでもない女に決まっておる!そんな女に大事な息子を取られてたまるか」

国王の剣幕に、周りの客たちも何かを察し始めている。音楽は止み、談笑の声も消えていた。皆が国王とレカーノを見つめ、王家の涙の採集に勤しんでいた者たちも、手を止めこれから起こることにソワソワし始めた。

「実はすでに城に来ております。反対されることはわかっていますが、それも承知の上です。ルナリア、姿を見せておくれ」

開け放たれた窓に突風が入り込む。一瞬目が眩んだかと思うと、そこには美しい女性が立っていた。特徴的なエメラルド色の美しい髪、背中には雄々しいグリフォンのような翼、そして見るものを引きつけて離さないあの漆黒の眼球。白いドレスを身に纏い、レカーノに微笑むこやつは・・・

「あの髪は!・・・サキュバスだ!」

どこからともなく声が上がる。魔法使いたちは魔力を解放し杖を取り出す。騎士団は剣を構え、使用人たちもそれぞれの得意武器をすでに構えていた。ゴパンドリアとミランダは衛兵たちの盾に守られていたが、レカーノだけは静かにその者へと歩みを進めた。

「ルナリア。僕が送ったドレスを着てくれたんだね。ありがとう。とってもきれいだ。さあ。必ず君との結婚を認めてもらうよ。少しの間辛抱していれくれ」

サキュバスであろうその者は、レカーノの手を取り頷いた。少しはにかんだ顔をしながら頷くその仕草に、周りの者たちはあまりの美しさにため息をついた。

「父上。この方が私の愛するルナリアです。そして見ての通りサキュバスです。だがそんなことは関係がない。僕達は愛し合っている。どうか、2人で生きていくことを許していただきたい」

あまりの美しさに見とれてしまっていたゴパンドリアは我にかえった。美しい、実に美しい。
いやいや違うだろ。奥さん睨んでるよ。

「まってくれ。サキュバスと結婚?冗談を言うな。レカーノは誘惑の魔法にかけられているんじゃないのか?そう言えと脅されているんだろう?」

「違います。この愛は本物、誘惑の魔法なんてかけられてはいません。どうか2人の結婚を認めていただきたい。私はそのためなら、何もいらないのです。例え親子の縁が切れようとも」

レカーノはルナリアの肩を抱き寄せ、魔力を徐々に解放しはじめていた。強大な魔力のオーラが隠しきれていないようだ。

「いいや!お前は騙されている。これは茶番だ!おい!そこのサキュバス!レカーノを誘惑の魔法にかけたな!正直に言え。王の息子をたぶらかすなどあってはならないことだ!」

ゴパンドリアは衛兵を押しのけサキュバスへと近づこうとするが、レカーノはサキュバスの前に立ちはだかり、右手でサキュバスを守ろうとしている。

その間に割って入るものがいた。賢者ボブランだ。

「いや待て、ゴパン。それ以上近づくとお前も誘惑の魔法にかかっちまうぞ」

ボブランは腰まで伸びた灰色のひげをなでながら、杖に魔力を注ぎ始めるとゴパンドリアにむきなおった。

「いいか、誘惑の魔法ってのは、サキュバスにとって一日に使える魔力の半分を込めて発動する魔法なんだ。そして結婚まで口に出させるということは、より強力な誘惑の魔法となる。
お前たちが思っている誘惑の魔法の効果はせいぜい2時間。かけられたとしたら、おいそれとパーティーどころではなかろうよ。」

少しばかり妙なムードに変わっていくと、周りの者たちもざわめき始める。

「誘惑の魔法をかけられたとなれば、いつだ?多く見積もって2時間前。レカーノはずっと君がしっかり観察していたのではないのかね。涙で顔を濡らしながらレカーノの姿を追っていたはずだ。そしてレカーノはパーティーの間もずっと大衆の目に晒されていた。誘惑の魔法はみみず虫2匹分の距離がないと効かない。この者がそんな近くにいたなら誰か気づくであろう」

「だかしかし、レカーノが・・・あの真面目なレカーノがこんな淫らな者を愛するはずがない。サキュバスだぞ!どうせ他の男を誘惑するに決まっている。悲しい思いをするのはレカーノだぞ!」

「ルナリアハ、ソンナコトシナイ。リユウ、イエナイケレド、ヤクソクデキル」

ルナリアが初めて声を発した。人間の発音とは少し違うが、澄んだ川のせせらぎのように心地よい声。
ゴパンドリアが一瞬たじろぎ、周りの者は、あまりの美声にため息が漏れる。

「な、何をたわけたことを!わかったぞ。洗脳だな。毎日毎日レカーノに誘惑の魔法をかけ続けて洗脳したんだ。どうだ、ボブラン。それなら有り得る話ではないのか」

ボブランは話し始めた時からずっと魔力を込めていた杖をルナリアに向けた。危険を察したレカーノは杖をボブランに向けた。

「何をするつもりだ。ルナリアを傷つけることは僕が許さない」

「待て待て。魔力測定魔法じゃよ。わしぐらいベテランにならんと使えん上に大量の魔力を使用する。ちょっとルナリア君の魔力を計ってみようかの」

ボブランは身長ほどの背丈のある杖を高くあげると詠唱をはじめた。初めて聞く詠唱で何語なのかさっぱりわからない。詠唱を終えたボブランは周りには見えない何かを読んでいるようだった。

「おや?何だこの魔力量は。一般生活レベルの魔力しか持っておらんではないか。誘惑の魔法を使おうとするのなら、最低でも25メリーは必要だ。しかし、サキュバスにしては低すぎる。最大9メリーの魔力しかないとなると・・・このサキュバスは・・・ゴパンよ。誘惑の魔法の線は薄いぞ」

ルナリアの顔が少しずつ赤くなっているように見えた。そう。このサキュバスは最低限の誘惑の魔法すら使えず、群れから追い出されたはぐれサキュバスであった。

「ちょっと!ボブランさん。あんまり彼女をいじめないでくださいよ。だから僕は誘惑の魔法なんかかかってないって言ったでしょ。ルナリアはサキュバスという種族ではありますが、生活魔法しか使えない、優しくておっちょこちょいで不器用なサキュバスなんです。
同種族からも見放され、ラボンの森で1人ぼっちだった彼女は、孤独な学生生活を送る僕と同じだった。突然の家族との別れで寂しい思いをしました。父上、母上、愛しい兄弟たちのことを思うと逃げ出したい一心だった。しかし、なんとか私がマージリア魔法学校を首席で卒業できたのは、彼女が支えてくれたからなのです。どうか、父上。ルナリアとの結婚を認めてください」

「しかしだな。王族が他種族との結婚など。ましてやサキュバスでは。他国からなんと言われるか。それにまだ誘惑の魔法が使えんという証拠もない。魔力が少なくても誘惑の魔法がかけられんってこともないだろうし。ほらあるじゃろ。ちょっとずつ好きになる的な誘惑魔法を毎日かけ続けるとか。ないのか?」

まだ疑惑の目を向けるゴパンドリアだったが、ボブランは低い笑い声をあげ、その場を立ち去ろうとしていた。そうボブランは気づいたのだ。衛兵に囲まれた奥の方で杖をかかげるミランダを。

「あーもう!いい加減にしてちょうだい」

ミランダの杖から紫色の光が溢れだし、ルナリアを包みこんだ。ルナリアをまとう紫色の光はやがて、天井へと向かう。そして天井にはルナリアの姿が映し出されていた。周りの者たちも当然天井に目を向ける。

そこはラボンの森の湖。サラサラの魔法を使って、ボサボサの髪を整えているルナリアの姿があったのだ。サラサラの魔法は程度にもよるが、今の彼女の絹のような髪を見ると、彼女の最大魔力の9メリーを使って仕上げたサラサラ髪であろう。少し前髪も切ってあるようだ。毛先もしっかりと整え、天使の輪であるキューティクルがしっかりと現れている。あのボサボサ頭をここまで仕上げてくるとは。映像には何度も櫛が髪が絡まり、いたっと言うルナリアの声も入っていた。サラサラの魔法とはいえ、魔法側の努力も垣間見えた。

「ハズカシイ・・・」

ルナリアは消え入りそうな声で顔を覆い隠す。それを見た全員が戦意を喪失し、王のゴパンドリアでさえも、大きなため息をはいた。なんと愛くるしい姿なのか。

「直前魔法ですわ。代々私の家系に伝わる秘術ですの。1つ前の魔法がなんだったのか、見ることが出来る魔法。ねぇあなた。直前魔法で見たところ、ルナリアさんの魔法はサラサラの魔法のようね。しかも全魔力を使い果たしている。そんな彼女に誘惑の魔法は使えないわ。・・・そろそろお認めになって。私達も似たようなものじゃない。この子たちは真剣に愛し合っているように私には見えるわ」

「あぁ。あぁミランダ。認めたくはないが、こうして見せられてしまえば誘惑の魔法を使った形跡はなかった。君の直前魔法の正確さは私がよく知っている。わかった、認めよう。・・・ただ1つ条件がある。王位継承権を放棄しようとも、お前はわしらの大切な息子だ。その、あの、なんだ、ルナリアとかいうサキュバスと一緒にまた会いに来ておくれ。自由に暮らすといい。」

「ありがとう、ありがとうございます!感謝いたします。父上、母上。」

レカーノはルナリアを抱きしめた。ルナリアといえば、見るものを全てを虜にしてしまう、満面の笑顔でレカーノと抱き合い、小さな声で恥ずかしかったわと耳打ちをすると照れた仕草でレカーノの頬にキスをした。
周りの客たちはどうしたものかと考えながらも、ルナリアの愛らしい姿に胸を打たれたのか、大きな拍手を送った。絶え間ない拍手の中、長かったパーティーはお開きとなり、王都ティーミルでのちょっとした事件は終わりを告げた。

論より直前魔法


やっぱり実際見ないとね。メリーがとか効果の時間とかよくわからないし。ボブランさんって理屈っぽいんだよね。そうそう、僕は今のうちに新しいハンカチを用意しないと。今日は大量の王家の涙が手に入りそうだしね。

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