悪魔の羽根 15
大学へ行く早樹と一緒に家を出る。
駅まで早樹を送り、次の目的地へと向かう。
一歩ごとに足が重くなり、止まり、下手すれば引き返したくなる気持ちを抑えて足を動かし続ける。
足が地面から少し浮いている感覚のまま、やたら目立つ大きな看板のある建物に着く。
北瀬産業
やつの自宅もあり、敷地内にいくつもの建物がある。悪魔の再現ビデオでは何度も見ていたが、実際この建物を目にするのは久しぶりだ。その代わり、何度も何度も醜い感情をここに向けて飛ばしてはいた。思い付く限りの復讐をする想像だけはしていた。実行しなかったのは、単なる偶然が重なっただけだ。良心などない。僕も奴らも運が良かっただけだ。
人気がない。前通りかかったときは人や車がしょっちゅう出入りしていた気がするが、車も一台もなく、静まりかえっていた。。。
そこへ車のエンジン音がする。とっさにただの通行人のふりをして建物の入り口を通り過ぎる。背後で音が消えたので振り向くと、車の姿はなくなっていた。他に車が入るような入り口はなかったので、北瀬産業に入ったらしい。
辺りを気にしつつ元の場所に戻って生け垣の隙間から中を覗く。あっと言葉が出そうになるのを抑えた。心臓が大きく跳ねるのがわかった。
(・・・美緒・・・!)
ピンクの軽自動車の運転席から美緒が降りてきて、後部座席のドアを開けた。美緒の手を借りて一人の女が車から降りてくる。
横顔しか見えなかったが、間違いない。
北瀬の母親。
「ありがとうね、美緒さん。一人じゃ病院に行けないし、今誰もいなくてね。いつもありがとう。」
「いえ、いつでも言ってくださいね。」
美緒は母親の手を引いて自宅らしき建物に向かう。母親の足取りはおぼつかなく、一人では歩けない様子だった。
北瀬と父親は会社のことでかけずり回っていることだろう。弟は入院中。そこで美緒が手伝いに来ているというところか。
「!」
最初母親に隠れて見えなかったのだが、二人が向きを変えて美緒の全身が見えたとき、驚きを越えて絶望を覚えた。
「美緒さんも大変なときにごめんなさいね。」
「いえ、私のは病気ではありませんから。」
明らかなお腹のふくらみ。この数ヶ月、悪魔の報告の映像には美緒の姿はなかった。
二人の姿が見えなくなっても、しばらく僕はそこから動くことができなかった。
美緒と北瀬の子ども。
その事実はこれまでの復讐の数々を思い出したとしても、僕の心に何よりも重い影を落とした。
二人が結婚するなんて思いつきもしなかった。
北瀬なんかと、あの美緒が。
それは思いこみなんかではなかった。
僕のときは離れていった美緒。
僕が不幸のどん底のときには離れていったのに。
北瀬からは離れないのか。
あいつがどんな目にあっても。
一緒に苦労を背負うというのか。
美緒はだまされているだけ。
いつか北瀬から離れると信じていた。
僕よりも、北瀬なのか。
苦しい。
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