もしもネ_top

もしもネットがなかったら1

「すみませ」んを発音する前にぶつかった人は去っていった。歩きスマホしていたのは自分なので罪悪感はあるが、それを咎めるのは駅に貼ってあるポスターくらいで、誰も叱ってくる人はいない。そんなスピード感で皆生きていない。

ホームに電車がすべりこんできて、扉近くの「三角地帯」(手すりと扉の間のスペースをそう呼んでいる)に身を預け、twitterに目を落とす。有名人のドラッグ問題について揶揄したような自分のつぶやきに、いいね!が3つついている。facebookでは友人の誕生日が表示される。いつからかおめでとうのコメントもしなくなってしまった。誰かが参加する予定のイベントがアラートに入っている。その情報いる?とか思いつつ、instagramでモデルの女の子の自撮りを見て、storiesで海外旅行中の後輩の投稿を見る。一面の海や見たことのない料理や現地の変わった乗り物にうらやましさが募るが、いいね!は押さない。ここまでの流れがスマホを見てからのルーティンで、およそ1分くらい。自分ではそうと思っていなかったが、おそらくこれは、中毒だ。

電車は地下に潜り、少し揺れを感じる。タクシーだとメールを打つだけで酔うのに、電車だとあまり気にならないもんだな。などと思いながら、ヤフトピをチェックする。有名人のドラッグ問題は既に沈静化し、元横綱の政界進出がトップニュースになっていた。その下の行ではコンビニのバイトがからあげくんをゴミ箱に入れて戻す動画が炎上しているというニュースだ。アンディ・ウォーホルが「未来では誰でも15分なら有名人になれる」って言っていたけど、アレは真実だ。

大学を卒業して、コピーライターになりたいと思い、広告代理店に就職した。「モノより思い出」のような日常生活でもつい使っちゃうコピーに憧れて。蓋を開けてみれば、配属は営業だった。よくあることだろう。誰しもが希望の部署に行けるはずもない。制作職への漠然とした憧れを抱いたまま、もう30歳を過ぎていた。仕事柄インターネットに触れている時間は長い。SNSも一通りチェックしている。TikTokだけは何がいいのかいまだに分からないが。

「キャーーーッッ!!!」
電車が大きく揺れた。後頭部を手すりにぶつけてふらっとする。あ、これ、やばいやつかも。ふと震災のことが頭をよぎる。あの時は東京の本社にいて、地面が溶けたのかと思ったほど揺れた。揺れの感じがいつもと違う。車内の電気が消えた。見えるのは蛍のように光るみんなのスマホ画面だけだ。だが、それも、ほどなくして、
消 え た。

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