虎とコブラと寛容性〜インドネシア〜
『テスカトリポカ』にこのようなくだりがある。メキシコの麻薬マフィアの一員がインドネシアで再起を図るために「キングコブラのサテ(焼き串)」を露店で売るというものだ。そこに集まる怪しげな人達から、裏社会への入口を手繰り寄せ、マフィアは闇臓器売買ビジネスへと手を染めていくのだが、それは小説の話。
ジャカルタに駐在しているR先輩に会いに行く。正確に言うと、去年もモンゴル旅行へ同行したG先輩が同期であるR先輩に会いに行くところへ同行させてもらう。というのが、今回の海外旅行の方便である。なんだかんだ年一回は海外に旅立っていて楽しい。しかし、プライオリティパスの発行はすっかり忘れていた。プライオリティパスというのは、そのカードを持っていれば各国の空港ラウンジに入り放題という夢のようなカードであるが、1年前に期限が切れていたのを放置していたのだ。
それはともかく、初めてのインドネシアである。現地空港集合で旅を始めた。Gさんとはお互い別々の国経由で集まったため、到着したターミナルが違って、出会うまでまでにわたわたしたが、無事合流。空港にgrabでタクシーを呼ぶ。しかし、いちど断られてしまう。理由は車のナンバーが偶数だから。
2.7億人を擁するインドネシア。ジャカルタは近年とてつもないスピードで発展している。そして、とてつもない交通渋滞を巻き起こしている。だから、主要な幹線道路は、奇数日と偶数日によって通行できる車を分けているのだ。到着した日は7/19。無事奇数ナンバーの車がつかまり、空港でピックアップしてもらった。スカルノハッタ国際空港からジャカルタ市外部までは40〜60分程度。タクシー代は1200円ほどで、まだまだ物価の安さを感じられる。首都ジャカルタで働く人の平均年収は70万円、日本の1/5〜1/6程度だろうか。
ジャカルタ駐在2年目のR先輩に、Gさんが日本土産をどっさり用意しており、それらを手渡す。免税店で買ったウイスキーもお渡しする。インドネシアは世界最大のイスラム教国家であり、お酒の入手には苦労する。
この国最大のモスクでは、裸足になって絨毯の感触を味わいながら、大きく高く美しい天井を楽しんだ。案内してくれるガイドはムスリムで、写真スポットを知り尽くしている。
インドネシアの国章ガルーダは、左右に17枚の羽、8本の尾羽、盾の下には19枚の羽、そして首には45枚の羽を持っている。これは、1945年8月17日の独立宣言の日を表している。ガルーダが掴む巻物に書かれている「Bhinneka Tunggal lka」は、「ばらばらであるが、それでもなお一つ」つまり「多様性の中の統一」と訳される。
現にこの国の9割がイスラム教ではあるが、それ以外の少数の宗教も尊重しており、その多様性と寛容性が国民の性格にもなっている。それは裏返すと、いいかげん、ということでもあるため、オーダーを取り違えたりすることはしょっちゅうである。そこを許せるかどうかが、この国を楽しめるかどうかのバロメーターであろう。
ジャカルタから車で2時間ほど南下し、サファリへ連れてきてもらう。途中で非公式のニンジン売りが多数店を出しており一袋購入する。動物にあげるためである。サファリとしては公式に禁止しているのだが、どの職員も黙認しており、非公式ニンジンは、サファリ周辺のエコシステムの一部となっている。
インドネシアらしい虎やオランウータンなどを楽しみ、バッファローに手を食われそうになりながらにんじんを食べさせる。ゾウのショーやカバの赤ちゃんを楽しみ、この国の動植物の豊かさを満喫することができた。
市内に戻り、冒頭で述べた「コブラのサテ」を探しに屋台街へ。ようやく見つけたコブラのケージの前には小学校なら低学年くらいの男の子がおり、「サテ?100,000ルピアだよ!」と言う。およそ1,000円である。手渡すと、これまでに見たことのないような満面の笑顔で「テレマカシー!」と叫び、突然ダッシュで消えていった。コブラ詐欺である。ただケージの前で値段を言って札を受け取ったら走って逃げる。このシンプルな詐欺に引っかかり、ただただびっくりする。発展しているとはいえ、まだまだ格差がすごく、たくましく金をせびり取る人もいるのだ。とはいえ、大多数の人は控えめでおとなしく、日本人のような国民性でもある。
呆然としながら屋台街を歩くと、おばちゃんがコブラを捌いている屋台を見つける。今度は間違いないだろう。2,000円を支払って、コブラを捌いてもらう。頭を切り落とし、そこから流れる血を白酒で割って、肝を入れて、飲み干す。アルコールがダメなのでひと舐めしただけだが、血の味は感じなかった。焼いた身は、なんだか鶏皮みたいな味だった。
夜は中華料理やループトップバー(という名のクラブ)や日本人街などを見て周り、熱帯地域の夜の活気を大いに感じる。夜遅くてもたくさんの車とバイクが走り周り、熱帯の夜をにぎやかに彩っていた。
たまたま朝にホテルの目の前の大通りでマラソン大会をやっていたのだが、誰でも道路に入ってよく、自転車も走行OKで、9割以上が歩いている。道路の端ではズンバを踊る集団もいる。この多種多様な楽しみ方と、それを許容する風土が、この国を居心地良くしているのだろう。
10年後くらいには首都はカリマンタン島へ移動する。ジャカルタは水害が多く、これ以上人口を支え切れない上に、群島国家であるインドネシアを今一度公平に見るためには島々の中央であり、マレーシアとも国境を接する場所がいいだろう、という理屈らしい。今からできる首都というのは、言うまでもなく、世界最新の首都となるわけで、インフラや建築や街のデザインが最先端のテクノロジーのもと再構築されるのだ。この緑豊かな国にどんな首都ができるのか楽しみであり、また10年後くらいに再訪したくなった。
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