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片足を失ったライガの話し

3月初旬の熊本。
『放浪している犬がいるから、保護してほしい。』
という、地域住民から1本の通報がありました。

連絡を受けた保健所の職員が現場付近を探索すると、20キロほどの雑種の中型犬が、足を引きずり歩いています。

保健所の職員が捕獲しようと近づくと、犬の右前脚にはちぎれたワイヤーロープがぶら下がっていて、その部分は肉がめくれあがり、白い骨までもが見えていました。
重傷であることは一目瞭然でした。

保健所の職員はまず、ワイヤーロープを外そうと試みます。
たいていの犬なら、その激痛から噛みついてくるものですが、この犬は痛んだ前足をそっと前に差し出したのです。
人に対する警戒心は無いようでした。

犬の右前脚にぶら下がっていたのは、イノシシ用の『くくり罠(わな)』という捕獲器であるといいます。
いちど罠に掛かると、ワイヤーロープを切らない限り脱出するのは困難です。

長い時間をかけてワイヤーロープをかみ切ろうとしたのでしょう、その犬の口の周りは傷だらけで、血がにじんでいる状態だったといいます。
痛みに耐え、ようやくワイヤーロープを噛みちぎり、やっとの想いで人里までたどり着いたところで地域の住民に発見され、通報されたのでしょう。

応急処置を受けて保健所に収容されたその犬をすぐに引き受けたのは、普段から保健所に出入りして情報収集や実際に犬猫を引き出し、新たな飼い主を探している動物保護団体の代表Tさんでした。

Tさんが犬を病院に連れていくと、入院してすぐに手術が行われました。
残念ながら、ワイヤーロープが絡まっていた右前脚は切断せざるを得ませんでした。
しかし、Tさんや動物病院での懸命の介護の甲斐あって、犬は間もなく退院することとなりました。

こうして犬は、Tさんによって『ライガ』と名付けられ、新しい飼主を探すこととなりました。
ライガは、キレイな黒毛に平安貴族のように眉の部分だけ茶色くなっていて、愛嬌のある、とても表情が豊かな犬という印象を与えます。

性格も穏やかで、イノシシの罠が仕掛けられている山に住む野犬にしては、人に対する警戒心もさほどではないように見受けられます。

3本足のライガのことは地元の新聞にも掲載され、多くの人の目に触れることになった。

それからしばらくして、Tさんのもとに問い合わせの連絡が入ります。

『あの犬は近所で暮らしていたジョンではないか。』

Tさんはすぐに約束を取り付け、ライガを連れてその方のもとへ出かけていきました。

ライガは、この地域で暮らす、『地域犬』だったようでした。
ここでは、『ジョン』という名前で、この地域の野山を気ままに散歩し、軒先で昼寝をし、ご飯をもらって暮らしていたのです。

ライガは、Tさんを嬉しそうにあちこち案内してくれたそうです。
『ここで遊んでいたんだよ!』
『ここで寝ていたんだよ!』
Tさんには、ライガがそう言って案内してくれているように感じました。

なかでも、90歳になるおばあちゃんとは仲良しだったようで、いつまでも頭を撫でられている姿が印象的でした。

ライガはこの地域でまた元の暮らしを送ればよいのでは?という意見もあるでしょう。

しかし、飼い犬として飼えないいろんな事情があったからこそ、ライガはここで『地域犬』として暮らしてきたわけです。
また、犬に対して寛容でない住民もやはり一定数いらっしゃいます。
田舎の、決して大きくはないコミュニティのなかで、3本足のライガが心から安心して暮らせるかといえば、それを約束できないのが現実なのです。

『わたしの家で飼いたいけど、夜は誰もいなくなってしまうから。』
90歳のおばあちゃんの言葉です。
ライガのことを真剣に考えてくれているからこその、答えなのだと思います。

保護された犬や猫には、様々な事情や生い立ちがあり、こうした環境要因によって性格が形成されていくこともあります。
保護団体の方々やそこを取り巻くボランティアさんたちは、こうした様々なバックグラウンドを持つ犬や猫たちに愛情をいっぱい注ぎ、新しい家族が受け入れやすくなるよう、日々奮闘しているのです。

しかしながら、こうした活動はたくさんの労力を要するものですし、お金もかかります。

犬として、猫として生まれてきたからには、やはり人と寄り添って生きていくべきですし、その権利があると言えます。
犬も猫も、人間の長い歴史の中でいつも共存し、また共存しやすいように人間が作ってきた動物だからです。

かといって、すべての人が犬や猫が好きなわけではありませんし、好きだとしてもこうした保護動物に対してできることは限られていると思いがちです。
でもそんなことはありません。

たとえばライガに新しい家族ができるよう、どんな人でもすぐにアクションできることはあります。
お金、人的支援、SNSでの拡散・・・。
いろいろな支援のカタチはあるのです。

情報が発達し、人々の生きるスピードが加速する現代だからこそ、少し立ち止まって、足元を見てみてください。
そこには、手が差し伸べられるのを待っている愛すべき動物たちがいます。

なにかアクションをしたい。
そう思ったとき、
たとえば、ライガのこと。

思い出してくれたらうれしいです。

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