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子猫との6日間

 ここ1年ほど夫に「猫を飼いたい」とさまざまな方法でアピールし、訴え、猫の良さを語り、猫動画をみせ、猫を飼っている知り合いの家に一緒にいき、「猫がいればあなたの奥さんはさらに幸せになれます」というフレーズを念仏のように唱え続けた。夫は一度も生き物を飼育した経験がないため、私の動物好きに理解は示せど気持ちとしては実感ができないというスタンスだ。しかしついに私がボランティアをする猫シェルターなどに連れて行ったことを皮切りに、このところは毎週末シェルターに一緒に通っていた。夫の気持ちとは裏腹に夫には動物が寄ってくる。そこで猫の生活臭?はきになれど、かわいい存在だとは理解してくれた。
 そしていきなり先週の土曜日に「おためしで」という前提で生後4か月のオスの子猫をシェルターから引き取った。いわゆる「運命の出会い」だった。夫は心の準備ができていなかったようだが、私の熱意に押し切られたかたちだ。一緒に暮らしてみて夫が人間以外の生き物がいる生活を受け入れられるか、臭いは気にならないか、夫の鼻炎が悪化しないかなどを確認するために「おためし」とした。しかしそんなことは引き取られた子猫には関係がない。彼は信じられないくらい人懐こい性格で、家に到着して家宅捜索をすみずみまでこなしたあとソファに座る私と夫の間に入って寝始めた。しかも夫の太ももにつかまりながら。この子に私は魂ごとわしづかみにされ、できる限りの世話をした。活発だが人間がやってほしくない類のこと(何かを机から落とす、壁をひっかく、粗相をする)は一切しなかった。トイレも一瞬で覚えて、私か夫が一緒にトイレまで行くと自慢気に?「にゃー!」と鳴きながら用事を済ませた。夜は夫の鼻炎を気にして同じ部屋では寝なかったが、ずっと鳴き続けることもドアをひっかくことも朝方ドアの前で朝食催促もしなかった。いい子だ。ただ人間にはずっと着いてまわり、私がシャワーを浴びているときはお風呂のドアをひっかいて大声でにゃーにゃー鳴いた。我が家にきて2日目から夫が帰ってくるとドア近くまで行って”お出迎え”するようになった。夫が「名前をつけて呼ぶと情がうつるから・・・」と言っていたが3日目に名前を決めてからは大事そうに名前を呼んでいた。用事があって夫婦で長い時間家を空けた日、出先ではずっと彼のことが心配でなにも頭に入らなかった。帰ってきてもなにも散らかしたりせず、静かに遊んだり寝ていたりしたようで「私が今まで見聞きした猫とちがう・・・」と驚いた。もしかしたらまだ”借りてきた猫”期間だったのかもしれない。
 保護してから4日目、彼が家に来てから夫の鼻炎が悪化しているのを見るにつれここが決断するポイントだ、と思い夫に「彼をシェルターに返そう」と話をした。夫はためらいながらも翌日シェルターに電話しれくれた。私が電話したら電話口で泣いてしまうと思った。最後の日の夜は私がソファで子猫と一緒に寝た。彼は私がソファに横たわるとすぐに私の頭に背中をつけて寝始めて、朝までそのままそこを動かなかった。シェルターに向けて出発する直前、抱っこが好きな彼をゆさゆさしながら「ごめんね、幸せになってね」と言ったところから昨日までの4日間は私は非常に不安定な精神状態で過ごした。シェルターに返した彼が引き取られているかどうか、スマホで毎分のようにチェックする私を見るに見かねた夫は「自分が薬を飲んでもいいから彼ともう一度暮らそう」と言ってくれたが、私は断固反対だった。薬嫌いで人生この方ずっと鼻炎で苦しんでいる夫にこれ以上私の気持ちのせいで日常的に身体的な負荷はかけたくなかった。数時間の話し合いの結果、今更だが2人で犬猫アレルギーのテストを受けることを決め、今朝受けてきた。もし陰性ならすぐに彼を迎えに行こう。もしどちらかが陽性であってもやれるだけのことはやったと気持ちに区切りが付けられる。なにより私を心配してアメリカで知り合った数人からメッセージを受けとったこと、夫が能動的に解決方法を模索してくれたことで驚くほど気持ちが軽くなった。もし今後の人生で犬や猫を飼うことができなくても、私には人とのつながりという財産がすでにあることを実感している。
 それにしてもペットを飼うことはどんな理由であれ、それは人間側の好みや都合によるもので動物たちはそれに翻弄される。申し訳なく思うと同時に、だからこそ出来る限りシェルターから引き取り、かつ飼い主としての責任を果たすことが最善だとあらためて認識した。