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ハチドリ(がお客さんの)レストラン

 仕事を辞めるとマネージャーにテキストした1時間後から気分が晴れて、先週末の諸々がなかったことのように回復した。落ち込んでも割とすぐに戻ってくることが私の強みの一つである。ただ数週間かかったこともある。それは前職で別部署の先輩(我が母と同じお歳)と洗面所の鏡の前で一緒になったときに「太っているんだからそんなぴちぴちの服着ないでよ」という趣旨の発言をされたときだ。言葉の強さはほとんど変わらなかったと思うが実際に何と言われたかは覚えていない。「この人私に対していきなり何言ってんの」という驚きが強く「私の服装のこと言ってるんですか?」と結構強めに応対した。私の態度にいら立ったのかさらにひどい言葉を投げかけて来た気がするが、その後すぐに総務兼人事部の部長に面談を申し込んで起こったことを伝えた。とりあえず外見についてネガティブな言及を受けるのは久しぶりだったので気持ちが落ち込んで、ついにそこそこお値段のするハーブティーを買うに至った・・・そして治った。割と時間が解決するタイプだ。
 今回も”戻ってくるバネ”の強さのおかげで”いつもの生活”に戻ることができた。すぐに我が家の小さなパティオにあるハチドリ用のバードフィーダーを清潔に保ったり、ケアすることにこれまで以上に情熱を注ぎだした。この雨が少ない時期には特にハチドリたちは人間の用意する砂糖水に頼ることも多いだろう。バードフィーダーはダイニングテーブルから掃き出し窓を隔てて数歩の距離に設置しているので、来店者(ハチドリたち)をよく観察することができる。私がバードフィーダーのことを”我が家のレストラン”、そしてハチドリのことを”お客さん”を呼ぶので夫も朝起きてきて「もうお客さんきてるよ」など私に知らせてくれる。そんな夫もお客さんがきた瞬間には私から「今は動かないで!」と言われ、それでも動いてそれにハチドリがびっくりして飛びだってしまうと私から「だから動かないでって言ったのに!!(怒)」と言われもない”お叱り”を受ける。他人事のようだが、かわいそうに・・・とはいえ、基本的に鳥類は不断給餌なので彼らは食べられるチャンスを逃すことはできないのである。そのチャンスをレストランの裏方の私達が奪うのはあってはならないことである精神で過ごしている。フィーダーを友人からもらって使い始めるときに参考にしたYouTube動画はすでに消えてしまったようだがおばあさんが数十羽のハチドリに給餌していた。私のなかでは「あのハチドリおばあさんのようになりたい」というあこがれだ。この動画も理想に近い。
 ハチドリたちにも個性がある。レストランの椅子(フィーダーの外周についているとまり木状のリング)に5分以上まったりしていく通称「まったりする女の子」。警戒心が非常に強く一切椅子にとまらない、飾り羽の立派な「アルファ系男子」。一般に縄張り意識が非常につよくほかのお客さんをぜったいフィーダーに近寄らせまいと追い立てるのが男子だが、ときたま気分なのか相席OKにする「ツンデレ系男子」。私か夫の存在に気付いてショックでプランターの花の上に粗相として飛び立つ「気弱な男子」。あとは最近見ないので心配なのがおじいちゃんなのか羽にツヤや色味がない「よぼよぼちゃん」(ちょっとひどいネーミング)。常時合計で5羽ほどの常連客がいるが、ハチドリの性なので難しいのはわかってはいるが譲り合って利用してほしい。女子同士では相手を追い出すことはほぼないので安心してみていられる。
 ハチドリレストランを2つに増やしたこともあるが、同じ小さなパティオの中に設置しても1羽のオスが縄張りにしてしまうと結局そのオスが独占することになるので意味がないことに気付いた。もっとも縄張りオスが出かけているときには来店のチャンスで、縄張り外のハチドリがここぞとばかりに食事に来る。ファストフード店で3分で食事を済ませるサラリーマン張りの速さで食べて去っていく。
 今日も私の目下の生きがい、かわいいハチドリたちが”私のレストランを頼って”食事にくる。彼らの生活を支えられることが喜びだ。一回でもいいのでそのフワっとしたお腹を触らせてほしい・・・と熱視線を送りながら今日も彼らの食事風景を穴が開くほど見つめている。