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「悟りの窓」と「北欧、暮らしの道具店」


 京都に「悟りの窓」というものがある。
壁に丸い形の窓があり、窓から見える庭の景色が一つの風景画となる。

 シンプルに丸い穴があいているだけなのに、その穴から見える景色は、自然の移ろいとともに変化する。

それが人々を魅了し、何度も足を運びたくさせる。

「北欧、暮らしの道具店」というウェブサイトがある。造りは通販サイトだが、そこには「悟りの窓」がある。

 その窓をとおして、毎日、新しい読み物を目にすることができる。手入れが行き届いた日々の読み物は、自然の移ろいとともに変化する。最近は、読み物だけではなく、動画の短編ドラマもはじめている。

京都には、清水寺のような圧倒的に人々を魅了する巨大な造形物がある。
そこは一大名所となり、京都といえば清水寺と想起され、自然と足が向く力がある。

「悟りの窓」がある源光庵や雲龍院は、山の上にある小さな寺だ。
立地がよくないので、多くの人が足を運ぶ場所ではない。

だけど、その静けさと手入れが行き届いた庭に、ずっとたたずんでいたくなる。
悟りの窓から見える風景を確認したくなる。

どこにでもある寺の中にも、何度も訪れたくなる名所がある。
そこにあるのは、シンプルな丸い穴のあいた窓と四季の移ろいを感じる小さな庭だけである。

その庭は、ときに読み物でも動画ドラマでも商品であってもよい。
「北欧、暮らしの道具店」は腰を落としてずっとたたずんでいたくなる。

人々の求めるニーズが多様化しているから、わたしたちは必死でそれに応えようとする。
立地が悪いから、多くの人の目に止まりやすい派手な宣伝やモノを作ろうとする。
その結果、一度は訪れてみても、また訪れたいとは思わなくなる。

多様化しているからこそ、立地が悪いからこそ、シンプルに庭を手入れする。
その庭は、四季の移ろいとともに変化し、一日として同じ風景はない。
自然な変化だからこそ、そこにたたずみ、何度も訪れたくなる。

わたしたちがかかわるサービスに「悟りの窓」があることを想像してみる。

その窓から見える景色は、自然に馴染んでいるだろうか。
腰を落としてたたずんでいたくなるだろうか。
何度も訪れたくなるだろうか。

「北欧、暮らしの道具店」は、それを具現化したひとつの形であり、
「悟りの窓」は、それを抽象化した一つの視点だ。

雨降る日も、雪降る日も、「悟りの窓」から見える景色はきっと美しいだろう。

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