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5パーセントの奇跡

5パーセントの奇跡を鑑賞。2017年。ドイツ製作。111分。

ホテルで働くことに大切な信頼の建設と幸福感について考えさせられた映画。この映画の主人公の周りへの信頼、周りからの信頼はとても強い。絆がしっかりしていて少しも揺るがないから、彼が大切にしている、幸福感は数々の非常事態が起きても狂うことなく堅実な未来を描いていける。まさに王道の青春ドラマを、ホテルという華やかな世界を舞台に若者を取り巻く現代を鮮やかに演出した、教材としての価値を十分に感じられる明快な作品だ。努力することを楽しいこととして描いている部分に爽やかさを、取り巻く人物の健康な姿には歓喜と希望を含ませ、一流の人物たちを育むホテルの厳格たる佇まいには、映画でしか伝わらない特別な輝きを五感で味わうことができた。

一流のホテルマンを目指す、先天性の病気で視覚の95パーセントを失なった青年サリーは、献身的な支えをしてくれる(父をのぞく)家族のおかげもあり、その夢を叶える為にハンディキャップを乗り越える努力をしながら生きている。非常事態にも助けてくれる家族や友人の姿から表れているように、彼の人格は誠実でいたって真面目だ。

ホテルの研修をひとつずつクリアしながら、出来ないことだったことは、いつの間にか難しいことに変換して、結局出来ることにしてきた。何事にもやる気のあった彼だったが、思いを寄せるガールフレンドの子どもの子守りをしくじったことから、簡単なことだと思っていたことでさえハンディキャップを背負う自分には簡単なことではないのだと気付かされる。研修の後半では、努力への執着から自身の健康状態を度外視した故の失態に、簡単なことは出来ないこととなって現れはじめたのだ。彼はホテルでの仕事が自分には絶対に出来ないことだ、という確信を認めたくない思いから、友人とのバイクトレッキングに挑戦する。眼の見えない彼の無茶な挑戦は成功を収め、研修の最終試験に再度チャレンジすることを友人に申し出る。もちろん友人の応援があっての決断だ。結果、彼は見事試験を及第点で乗り切るが採用を断り、自らの決断で友人の紹介したレストランで働くことを上司に伝える。自らが描く幸福感が変わったことが、彼にそのポジションへの幸福を見いださせたのだ。

人の夢のイメージは、曖昧だったりする。宇宙飛行士の父を持つ人がこの世界に何人いるか考えてみてほしい。(そんな人でない人が、宇宙飛行士になる夢を持って、その夢を現実にしている。)

描く理想の持っている幸福感は変わる。出来ないことは難しいことと同義ではないから、人間は理想したことを"出来ないこと"から"難しいこと"に換えたがる。そういったことを達成することに幸福や栄光を覚える生き物なのだ。理想のために必要なことの為ならなんだってするだろうし、我慢することだって苦にはならないだろう。そこに理想が待っているからだ。

しかし、この主人公が気付いた一種の諦めの境地は、今している何かを我慢することからスタートする。彼は理想を追いかけることにブレーキをかけた。彼にとって障害となっていたのは視覚ではなかった。個人的な理想への突発的ヴィジョンが、現実の彼が掴みたい幸福と真摯に向き合うのを邪魔していたのだ。

友人の声を頼りにバイクトレッキングをするシーンに、彼の崩れ得ぬ豊かな幸福感を見た気がした。何かと障害といえば外的要因を見つけようとする我々に想像もつかない、内発的な立ち直り方の逞しさと柔軟性に魅力を覚えたのは僕だけでないはずだ。

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