食用牛の裁き 判例:line構文

質実剛健な雰囲気の裁判所。重厚な木製の柱が何本もそびえ立っている。そして僕を取囲む牛の覆面達。見あげるほど高い場所に座わる中央の奴らも、右の制服も、左のスーツも、僕以外全員が牛の被り物を被っている。そして、中央の1人が木槌を打つ。

「我らがサバキノメオトウシの御前にて、被告Aを『キモいline構文迷惑防止法』に関する罪について審判することを宣言する!!」

『オ~』

傍受席からトーンの低いうめきのような歓声が上がる。

僕を聞いたことも無い罪状で審判することを高らかに宣言した審議官の卓上には、細切れになった生の牛肉が平皿に盛られている。少し裁判所内が生臭い気もする。何らかのトーテムだろうか?

僕は審議官の眼下でボンレスハムの如く紐でぐるぐる巻きにされて横倒しにされていた。

「失礼ですが…その生肉は…?」

「罪はローを以って裁く。肉はローを持って捌く。これはその象徴である。」

ギャグか…何も上手く言えてないような気もするが…

しかし、なぜこんな事になってしまったのであろう。ここまでの経緯は少し前に遡る。


金曜日の夜、僕は職場近くの居酒屋で呑みながら、沙織さんに携帯でメッセージを送った。沙織さんとは僕の7つ下の後輩で、密かに推している女性である。職場の連絡や他愛ない世間話など、時折暇があればメッセージを送って会話をしている。何だかんだで話も弾むので、僕はあわよくばの希望を抱きながら、いつも心を弾ませながら沙織さんとの会話を楽しむ。

『はい、ありがとうございます 23:03』

帰路についた後、僕は沙織さんからのメッセージを確認し、少し浮き立つような喜びを胸に抱きながら眠りについた。


そして土曜の朝。けたたましいバンバンという音で僕は目覚める。

「開けろ!おい!開けなきゃ開けるぞ!切開するぞ!」

なんだその脅し文句は。何だか分からず玄関に向かう。

ドアの覗き穴で確認すると、大きなウシ(ホルスタイン?)のマスクを被った男が数人。レンズで歪んだ視界の中央には、警察官のような制服を着たウシ男(ジャージー?)が鉄の棒を横に携えて堂々と突っ立っている。

僕は事態の異常性に気づき慌ててドアから離れ気配を消す。気づけばベランダの外からも何かが近づく音がする。ドンドン、ドンと威圧的な騒音が絶え間なく続く。

その後間もなくドアのノックが止み、「よし!解体!」という号令。バールと電子工具でワンルームの扉をこじ開けたかと思えば、僕を取囲み羽交い締めにする。そして、牛野郎の一人が一枚の紙を僕に見せつけた。

「ネタはもう上がっているんだ。お前をキモいlineメッセージに関する罪で連行する!」

「御用!」「御用!」「往生せぇ!」

「は?」

間髪入れず、鉄の棒が腹部に当てられ、バチバチという音を発する。全身が硬直し、痺れる。死ぬほど痛い。

そして再度気づいた時にはここに居た。つまり、僕は気持ち悪いメッセージを送ったことを理由に裁判にかけられようとしている。そんなひどい事を送った覚えはない。

「被告A、貴様がなぜハムの格好をしてここに横たわっているのか、理解できるか?」

審議官が脅すような口調で僕に問う。

「いいえ、全く分かりません。」

「本当に分からないのか。これを見ても分からないと言えるのか?」

審議官が取り出した巻物が見上げるほど高くから転がされ、階段を跳ね、ゴロゴロと地面を這いながら展開される。長さ数メートルにもなる紙面にはlineの会話文がつらつらと端から端まで印刷されている。その内容は沙織さんとの会話であった。

「なぜ…僕は何一つおかしな事は…」

「では、被告A。そこまで自覚が無いというのならば、1つ実例を挙げようか。例えばこの20日前のメッセージだ。タン係、読み上げ!」

「了解!」

どこかで待機していた牛男の1人が巻物を手繰り、該当の箇所を読み上げる。タン?舌のことか?

「読み上げます!

「沙織ちゃん、おはよう☀今日朝の当番だったと思うけど、分からない事あるカナ❓バインダーは入口入った右手にあるから、確認してネ❗それでは、ファイト一発!💪(古いかw) 6:18」…以上!」


『oh~』


傍聴席がどよめく。タン係は準備されていた塩を舐め、桶で口をゆすいでいる。

そして審議官が口を開く。

「読み上げただけでベロも腐りそうな内容だったであろう。今日は特別な訓練を積んだタン係を特別に配備して正解だったようだな、もし私が読んでいれば、私は悶えて息絶え、裁判は進行不可能となったであろう…」


そんなに、酷いのか?俺の送ったメッセージは…

「まず、この絵文字だ…!とんでもなくグロテスク。マルチョウの内側を舐めた時に感じるあのぞわぞわした感覚に近いグロテスク加減だ!」

「その例えはよく分からないが…僕はただ、平文だと堅苦しいと思って絵文字をたくさん付けただけで」

「セレクトの話をしているんだ、被告A!!赤い感嘆符などおじさんの代名詞では無いか! 女子高生がおじさん臭いと感じる絵文字ランキングTOP3には必ず入ると言われている禁忌の絵文字を、貴様はなぜ敢えてセレクトしてしまうのだ!?」

僕はあ然としてしまった。まさか…むしろ今どきらしく絵文字を使えばウケが良いものだと思い込んでいたのだが、そこまで世間との認識に違いがあるとは、思いもよらなかった。

「そして何だ、この合間の半角カナは…おじさん絵文字だけでは飽き足らないと言うのか…締めには平成の古いネタを持ち込み、一人で盛り上がり、そんなlineを朝一番に送る魂胆…年下の後輩であるのをいい事に、こんなとんでもない大罪を犯したことを何とも思っていないだと?情状酌量の余地があり得るだろうか?」

『無い!』『無い!』『死刑だ!』『屠殺だ!』『精肉店送りにしてやれ!』

傍聴席の勢いが激しくなる。僕は耐えきれなくなり、必死に叫ぶ。

「審議官!さすがに死刑って、そんな事無いですよね!?メッセージくらいで!?」

「いや、判決、死刑だ。若人におじさん構文のメッセージを送って困惑させる罪は人を殺めるに等しい。被告Aを屠殺場へ送れ!!」

僕は足を担がれ、引きずり出される。

「何だお前ら!僕なりに工夫してメッセージを送る事が、そんなに悪いって言うのかよ!?お前らだって、恥ずかしいメッセージの1つや2つ、送ってるんじゃないのか!?」


なんて仕打ちだ。僕はただ、フレンドリーに接しようと…あぁ…なんという事だ…


ピロン♪

「……はっ!?」


どこかで携帯の通知音が鳴る。僕の携帯だ。


審議官が証拠品として持っていたようだ。審議官は携帯を手に取り、メッセージを読んでいる。

「………」

しばらくの緊張が走る。そして審議官が叫ぶ。


「読み上げ!早く!」


「了解!」


先程のタン係が階段を駆け上がり、携帯を手に取る。

「読み上げます!

「前から思ってたんですけど

なんかAさんのメッセージ、パパに似てて面白いです☺️ 09:22」

…以上!」


『…oh~』

傍聴席がまたどよめく。そして、審議官がうろたえる。

「これは…相手方がそこまで迷惑していない……!?敢えておじさん構文に触れるというその自信…思ったよりも信頼関係が深まっている…!?ありうるのか…そんな事が」


審議官が、眉をひそめ、息をつき、そしてこう言った。

「判決を取り消す!相互の信頼関係が成り立った上でのおじさん構文は罪に値しない!よって被告A、無罪放免!」


『無罪!』『無罪だ!』『無罪放免!』

なんと言う事だ。

僕は、助かったのだ。彼女からのメッセージに、救われたのだ。こんな嬉しいことが今までにあっただろうか。本当に、ありがとう…!僕は彼女に対し、心からの感謝をした。


裁判所を出た私は晴れて娑婆に戻り、帰路につく。何て幸せな1日だ。本当に……


『パパに似てて、面白いです☺️』


パパ……


僕は……もうそんな歳に見えるのか………?

夕暮れを背に私は立ち尽くす。もう私は、メッセージだけでなく、心身共におじさんと呼ばれる存在、なのか……?


せめて文章くらいは、若作りしたほうが良いのかもしれないな……

1つの無罪の証明をした代償に、1つ大切な何かを失ったような空疎感を覚えながら、被告Aはまたオレンジに染まった道を歩き出すのであった。


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