ニュートラルカラー
遅かれ早かれ、いずれ私はこうなっていたのだろう。
上司の不在着信を確認し、携帯の電源を落とす。
社員証を首からもぎ取り、乱雑にカバンへしまう。
会社へ戻るはずだったその足で、私はゆらゆらと雨の中を彷徨っていた。もう私は、ほとほと限界だった。
濡れたアスファルト。曇天を突き抜くほどのビル。そばを通る黒塗りのセダン。この無機質な世界は、いつの間にか私からも色を奪ってしまったらしい。もともと奪うほどでもない淡い色だったかもしれないけれど。
地面を洗い流すような雨水が、泥と花びらをのせて足元を流れていく。
赤と青の花びら。パンプスにまとわりつく。
こんなモノトーンの世界に、まだこんな鮮やかな色ってあったんだ。しらなかったな。
1歩、2歩と、色香に惑う蝶のようにまたふらふらとその場所に近づく。
たくさんの紫陽花が私をいざなう。
紫陽花に囲まれた屋根の下で、少し息を切らしながら、子供が立っていた。
女の子のブラウスは上から下までびしょ濡れだった。
「どうしたの、、、ずぶ濡れじゃない、先生はどこ?他の子供は、、、」
「これ」
「えっ、、、何?どうしたの?」
「ん」
突き出されたこぶしを開くと、いくつかのビー玉が出てきた。偏光すると赤と青に色が変わる、珍しいビー玉。
「あの子が、持ってたから。見せるばっかりで、皆をからかうから」
「とったの、、、?その子から?」
「うん。1つ、あげる」
私のほうをぐっと見つめる。しかし、目は合わない。
あぁ、私は、この目を知っている。
この子が今見ているのは、私自身ではない。大人だ。ただ、自分よりも年上だという事実だけを認識するような、人を見ていない目。神経質な子供の目。
うっすらと桃色の頬をした彼女であるが、表情にはまるで血が通っていないみたいだった。
「分けてあげる。アタシのぶん、1つだけ」
「ど、、、どうして?」
「独り占めはだめだって、ママが」
つまりこの子は、大人の言いつけを従順に守り、その子からものを奪って、私に渡そうとしているのだ。
道理と手順が噛み合わない。これが子供の純粋さであり、怖いところでもある。
「そうね。じゃあ、お返しに」
私は、手に持っていた傘を、その子に手渡した。
「これで、良いわよね。」
女の子はうっすら笑ったような気がしたが、傘を持って、そのまま走って去ってしまった。
私は、もともと何色だったのだろう。ビー玉を見つめて思う。
紫陽花が雨に打たれて、止みそうにもない。私は、ビー玉を振りかざし、空に投げた。
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