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聖女の囁き

 暗い路地に逃げ込んだ直後に追いついた。手首を握りひねり上げる。
「知らねぇよ!」男はわめいた。「あんたの女なんか見たこともねぇって!」
「マリア……本当にこいつもか?」 ジグは聞いた。
「そうよ」
 耳元で女の囁き声。
「こいつも、私を殺した連中のひとり」
「そうか」
「あんた、一人で何喋って」
「黙れ」
 髪を掴んで顔面を壁に叩きつける。二度。三度。四度。男は真っ赤になって地面にずり落ちた。
「……あとは?」
「まだたくさんいるわ。あっちに……」
 彼女の声は柔らかく、甘い。

 大通りに出た。ネオンがにじんで光っている。
「ねぇ、反対側の道に警官がいるでしょ?」
 あぁ顔見知りだ、とジグは頷く。
「あいつもよ。よってたかって私を、あなたの部屋で」
「もういい。わかった」
 パトカーに向かって歩き出すと、ジグの胸が震えた。電話だ。出る。
「ジグ! 大丈夫か!」ジェムだった。
「今アジトに来たら、ロディとキムが殺られてて……無事か?」
「俺は無事だ。 ふたりとも俺が殺した」
「なに?」
「奴らはマリアを殺した。 組織や警官とつるんで。 だから殺した」
「馬鹿な。誰からそんな」
「マリアだ。 俺のそばにいる。 すべて教えてくれる」
「お前、何を」
 ふ、と耳に息がかかる。
「ねぇ、そいつも敵よ」
「ジェムが? まさか」
「私を信じないの? ……それ、もう要らないわ。邪魔よ」
 そうだなとジグは言い、呼び声が続くスマホを放り投げた。
「ジグどうした。それ捨てていいのか?」
 警官は目の前だった。
「変だぞお前。マリアの件は残念だったが、」
 ジグは警官の頬を両手で挟む。
「え?」
 ねじった。
 首から濁った音がして、警官は倒れた。
「あは、素敵……」
 女の指がジグの肩を撫でる。
 いま死んだ警官の相棒が、道の先から叫びながら駆けてきた。 手に銃。
 ジグの首に、細い2本の腕が巻きついた。
「手伝ってあげる」

 警官が撃った。

 銃弾が。
 見える。

 虫が這うような速さだ。
 ジグの体は普通に動く。

 足元の警官から銃を奪う。



【続く】

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