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ヤエザクラ

4月28日。前日夜遅くまで出掛けていたからもちろん起きる時間もそれなりに遅くなった。妹が昨日からずっと流し見している「池袋ウエストパーク」の有名な台詞で目が覚めた。平成初期のファッションに身を包む豪華俳優陣の若かりし姿がやけに眩しい。

今日いちばん最初に口にしたのは桜もち。地域の老舗和菓子屋で妹が買ってきてくれた。小ぶりだけど餅米がふっくらしていてつやつやした宝石みたいな、見た目にも幸せが宿ったお菓子がリビングのテーブルでキラキラしている。中には白餡が控えていて、桜の葉の塩漬けが甘さを引き立てる。ほらもう一個食べたくなってきたでしょ、ここの桜もちほんとに美味しいの。

桜もちを見ていると八重桜を思い出す。ソメイヨシノが散る頃に、季節が終わりそうでちょっと切ないこちらの感傷的な空気をフル無視して葉をつけた状態で咲き始める。ピンクのふりふりと緑の葉っぱが重なるのを遠くからみると、なんだか桜もちが枝先にぶら下がっているようにみえる。
昔地元の温泉旅館でアルバイトをしていたとき、お花見の主役が周りで一斉に散るのも我知れず「わたしはわたしのペース」と誇らしげに何枚も花びらをつける、敷地の近くの八重桜をどこか心の支えにしていた。花の中にハチが潜り込むのがみえて、そこはどんなに幸福な場所かと想像してみたりした。

夕方は庭に小さいバーベキューセットを出してお肉を焼いて食べた。他愛もない昔話や家族のことを妹と義弟と話しながら、ゆっくり日が暮れて、赤く燃える炭火と街灯だけがお互いの顔を照らす暗さになるまで。
家の中と外、どちらも生活で満たされたこの場所はもしかしたらあの日見たハチがいたところに似ているかも知れない。わたしのペースがどこにあるのか分からなくなりそうでも、今だけは不正解はないと許されるような穏やかな1日がふんわり過ぎた。

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