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ハナショウブ

5月5日。今日は実家で一日中過ごせる最後の日である。明日の午前中にはこの家を出る。風がごうごうと鳴る真夜中のリビングで名残惜しく日記を書いているところだ。こどもの日の今日はやはりタイトルは花菖蒲にしておくべきだろうと思い直して編集させてもらった。
5月2日に散歩をしたとき、知らない庭先のプランターで満開になっていた花の正体を突き止めた。写真を撮ったので帰ってじっくり調べようと思ったのにすっかり忘れていたのを思い出し起きてすぐ布団の中で検索をかけた。カンパニュラという花らしい。今朝は気味の悪い夢で目覚めてしまって起きるのに時間がかかった。いやに長く、ストーリーじみていたせいで鮮明に思い出せることが余計不気味さを加速させていた。意味のわからない怪物と恐竜と兵隊が一緒に出てきてわたしが屋根の上を這うようなカオスな夢をかき消けそうと花の画像を漁った。それでも後味の悪さはしぶとく残り、寝室からでて母に悪夢について文句を語る愚痴っぽい娘である。
さぁ何をしようかというワクワクする予定も特にないけれど、かねてより妹にお願いしていたジェルネイルの付け替えをしてもらった。11時半ごろから途中昼食を挟んで約4時間に渡る施術である。わたしの妹というのは家族にとって太陽のような存在で、どこまでも響くような笑い声で毎日家の中を明るくする。妹の自由奔放と天真爛漫を母は「わがまま姫」と茶化すが、わたしには「とてつもなくかわいい」としか聞こえない。その妹が結婚したのがわたしと同い年の義弟で、彼はすっかり家族に溶け込んで母とも上手くやっている。いまは自分たちの家を建てるまでの間実家で暮らしているというわけだ。その兼ね合いでわたしは母の寝室のスペースにマットレスを置いて母はベッドで寝ている。わたしがこのゴールデンウィークに実家で心を解放して過ごせたのも妹と義弟のおかげと言って過言はない。2人はいま人生をフルパワーで前に進めている。
きらっきらのネイルにしてもらって、ものの数十分でわたしは昼寝モードに入り妹のお気に入りのYouTubeチャンネルが流れるテレビの前を陣取って眠っていた。思い返せば弟の顔を見ていない。弟は最近一人暮らしを始めて自由な生活に味をしめているらしい。姉が10日間も実家でくつろいでいるというのに1日だって顔を見せに来ないかわいくないやつめ。
夕方、妹と義弟は義実家とご飯を食べに出かけたので母と2人でうどんを食べに行った。母と2人で外食するのはいつぶりだろうか。何を話しても、何となくどこか気恥ずかしいような感じかしてくすぐったい。母とわたしは性格や価値観の違いから喧嘩が絶えなかったがわたしが高校卒業とともに家を出て程よい距離感になったことをきっかけに関係が改善されたように思う。離れたことで寧ろお互いのことがはっきり見えて、この噛み合わない気持ちに納得することができたのかもしれない。そんな母がわたしの誕生日が近いので何か買ってあげたいと言って来た。そんなことは社会人になって初めてだったので少し驚いた。思えば大学生の頃、久々の帰省なのに喧嘩してしまった帰り道に「怒ってごめんね、また帰っておいで」と連絡が来たこともあった。そうかわたしが帰って来て母は嬉しいのか。そうかそうか。なかなかに極端で分かりにくいけれどこれが母なりの愛情表現である。久しぶりに母に甘えたというだけで、どうしてこんなに胸がいっぱいになるのか分からなかった。
さて、ついにゴールデンウィークが終わる。明日はまた移動の1日になる。後ろ髪をこれでもかと引かれているがここらへんでそろそろ寝ないと。毎晩、寝る前に母が少しだけわたしに話しかけて雑談になる。母と同じ部屋で寝るなんて赤ちゃんぶりかもしれない不思議すぎる空間だ。今日は先に眠ってしまっているので起こさないようにそっと寝室に入ろう。

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