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モッコウバラ

今年のゴールデンウィークは平日に有給休暇を頂いて10日間の長い長いお休みを故郷の田舎で過ごすことにしたので日記を残しておこうと思う。春に花束を作るような日記にできたら自分に100点をあげたい。

記念すべき1日目、4月27日。休みといってもほぼ移動の一日。新幹線とJRを乗り継いで乗り継いで4時間ほど西に行けばわたしの田舎はいつでもそこにある。そろそろ田植えの時期だ。新しい葉っぱを太陽が照らして山の緑がどこか金色を帯び、目に突き刺さるような鮮やかな、エネルギーでいっぱいの明るい色になる。心が少しずつ元の場所に戻る列車の音を聞きながら夕日が届き始める田んぼや川を眺めていると、この寂れたローカル線に乗って通学していた高校生のわたしと固く手を繋いでいる気持ちになった。

移動に伴って聞こえてくる方言も関西訛りから特徴的な中国地方の懐かしい言葉に少しずつ変わる。昔の出来事は、そこに近づけば近づく程強く思い出せる。

帰省のとき会える友人はとても限られているけれど、心を許すひとりが夜遅くにドライブに連れ出してくれた。その気まぐれと強引がいつもまとわりつく不安や不幸を薙ぎ払ってくれる気がしてわたしは安心して打ち明け、安心して黙る。真剣に聞いているようで気が散っているような、聞き流しているようで別れ際によく頑張ったと褒めてくれる輪郭のないやりとりは高校の時から変わらない。棘が均されてなめらかになる感覚と夜の匂いで確かに帰ってきたのだと実感する。わたしも同じような安寧をきみに手渡しできたらいいのに。
誰かの庭先にモッコウバラが見えた。フェンスからこぼれ落ちる小さな花の集合体が田舎の暗がりにぼんやり浮かび上がる。ツル科でトゲがなく壁やアーチに寄り添って広がるように花をつける姿から「あなたにふさわしい人」という花言葉をつけてもらえた優しいバラ。
わたしは田舎に心の荷物を下ろしに帰ってきたのかもしれないけれど、大切な人たちに正しく相応しい優しさもちゃんと置いて帰りたいと思った。この肌寒い春の夜がわたしの長期休暇のあたたかいはじまり。

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