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2018年沖縄県知事選挙レポート

 今年2018年は国政選挙や都知事選、都議選などの大型選挙が予定されていない。もしこのまま衆院解散や都知事辞任がなければ2008年以来という珍しい事態になる。それでも、選挙ウォッチャーとしては面白い選挙が目白押しである。いや大型選挙がないからこそ選挙ウォッチャー的に楽しみが多いのかもしれない。
 

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 2018年9月30日に実施された沖縄県知事選挙は間違いなく今年一番の注目選挙であった。残念ながら選挙期間中に沖縄まで足を伸ばすことはできず、厳密な意味では全く“ウォッチ”出来ていないのだが、ここまで盛り上がった選挙をレポートしないという手はない。

■翁長雄志知事とオール沖縄

 もともと今回の沖縄県知事選挙は11月に予定されていた。現職の翁長雄志知事の任期が12月までであったが、5月に癌の手術を行っていたこともあり、進退をどうするかが気がかりなところであった。テレビの会見の様子を見ても別人のように痩せ細っており、再選はとても無理、いや任期を全うすることすら難しいのではないか、そんな心配すら出てくる状況であった。
 8月8日、謝花喜一郎副知事が翁長知事に代わって職務代理を務めることが発表されたが、その日のうちに翁長知事は急死してしまったのである。

 沖縄県では国政野党が中心となっての“オール沖縄”が翁長県政を支えていた。沖縄では以前から革新勢力の共闘は多く見られていたのだが、オール沖縄では宜野湾市の米軍普天間基地の名護市辺野古移設反を旗印に自民党出身の翁長雄志知事を中心として保守と革新がその枠を超えて連携することに成功していた。前回2014年の知事選でも共産党、生活の党、社会民主党、沖縄社会大衆党の各党に加え、連合沖縄、稲嶺名護市長、自民党を除名された会派「新風会」所属の那覇市議らが翁長候補の支援に加わっていた。

当選360,820(51.7%)翁長 雄志 63 無所属・新(共産党、生活の党、社民党、沖縄社大党、新風会支持) 
  261,076(37.3%)仲井眞弘多 75 無所属・現職(自民党、次世代の党推薦) 
   69,447( 9.9%)下地 幹郎 53 無所属・新人(そうぞう・維新の党沖縄県本部 推薦)
       7,821( 1.1%)喜納昌吉 66 無所属・新

 オール沖縄の枠組みは2014年総選挙においても実現。沖縄1区に赤嶺政賢(共産党)、2区に照屋寛徳(社民党)、3区に玉城デニー(生活の党)、4区に仲里利信(無所属)を擁立すると、すべての選挙区で自民党候補を破り議席を独占することに成功した。2016年参院選でも沖縄選挙区では伊波洋一候補を擁立し、自民党の島尻安伊子参院議員を破っている。
 もっともこのオール沖縄というのも必ずしも一枚岩といわけではなく、2018年2月の名越市長選挙において現職の稲嶺進市長が落選したのを機に、経済界の重鎮でオール沖縄共同代表の呉屋守将・金秀グループ会長が辞職。4月にかりゆしグループが独自に翁長知事を支援するとしてオール沖縄から離脱すると、5月にはオール沖縄のうち保守系議員らによって「翁長知事を支える政治・経済懇和会」が立ち上げられた。こうした足元の乱れがあったからだろうか、3月の石垣市長選挙や4月の沖縄市長選挙ではオール沖縄の候補は破れ、オール沖縄が制する市は那覇市と南城市のみという状況になっていた。
 病魔に冒されながらも翁長知事が進退を明らかにしなかったため、2018年の沖縄県知事選挙は後継候補を選ぶということにはならず、そのまま翁長知事を支援するという方向で動いていた。

■沖縄知事選立候補名乗り

 8月8日の翁長知事の急死を受けて、知事選は9月13日告示、30日投開票で実施されることと決まった。
 県政を奪還したい自民党はすでに佐喜真淳・宜野湾市長の擁立でまとまっていた。前回は自主投票であった公明党や、日本維新の会、希望の党も佐喜真市長の推薦を決めた。その一方ですでに立候補を表明していた実業家の安里繁信氏は、保守系の分裂を避けるため出馬を取りやめている。
 翁長知事の弔い合戦となるオール沖縄側としては保守から革新まで揃って推すことのできる候補者を擁立しなくてはならない。当初、城間幹子・那覇市長が有力視されるも、市政を続投したいということで立候補を固辞。引退する歌手の安室奈美恵を擁立すべきではないかとの冗談まで噂に上る始末だった。オール沖縄の会合では呉屋守將・金秀グループ会長、謝花喜一郎副知事、赤嶺昇・県議会副議長の3氏の名前が上がったという。
 そんな中、翁長知事が生前に残したテープの音声の存在が明らかとなり、その中で自らの後継として呉屋守將会長と玉城デニー代議士の名前をあげていたというのである。呉屋会長は「経済人として翁長知事の後継候補を支えたい」として出馬を固持、玉城代議士が前向きな姿勢を示したことから、玉城代議士が後継として固まっていった。
 

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 こうして与党の佐喜真・前宜野湾市長と野党の玉城デニー代議士の一騎打ちという構図となり告示前から選挙戦は盛り上がっていった。ただ個人的にはどうも物足りない。4年前の知事選では、凌ぎを削った翁長、仲井真両候補に加え、政党そうぞうを離党した下地幹郎代議士、民主党を離党した喜納昌吉・元参院議員が立候補していた。ところが今回は、せっかく注目されている選挙にも関わらず、第3の候補者の立候補の動きが鈍いのである。個人的には期待していた幸福実現党も、過去に立候補経験のある金城竜郎氏が沖縄県議選に立候補するようだ。
 それが、告示を直前にして候補者の立候補表明が相次いだ。
 まずは不動産鑑定士の山口節生氏(68)。「知事になったら、トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長を和解させて、核の問題を解決する。辺野古に新基地は造らせない」などと述べていたらしい。
 琉球料理研究家の渡口初美・元那覇市議(83)。消費税を30パーセントに引き上げた税収を財源に県民1人あたり月に30万円を支給するベーシックインカムの導入を訴えている。
 6月の杉並区長選にも立候補した南俊輔氏(33)。ミサイルや北朝鮮の脅威から沖縄を守るとしている。
 2016年の新潟知事選に立候補したこともある行政書士の後藤浩昌氏(57)。新潟県知事選では普天間基地の佐渡市内移転を主張していたらしいが、今回は「米軍普天間飛行場を含め県内の米軍基地を沖縄から撤去させる。そのためには、独立以外のすべはない。」と主張しているそうである。
 会社員の兼島俊氏(40)。沖縄出身で現在は江戸川区在住。「若者の政治参加を訴えたい」という。
 これで候補者は7名。佐喜真候補、玉城候補以外の候補者に当選の可能性は皆無であるが、有権者にとって選択肢が増えることは喜ばしい。それによって論争が活性化するかもしれないからだ。
 これまでの沖縄県知事選挙で最大の立候補者数は、2002年と2014年の4人であったが、それを上回るのは確実とみられた。最終的に何人が立候補してくるのだろうか。

■沖縄知事選告示

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 9月13日、告示。
 最終的に立候補したのは以下の通り。

佐喜真 淳 54 無所属・新(自民党、公明党、維新の会、希望の党推薦)
玉城デニー 58 無所属・新(立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党、沖縄社大党支持)
渡口 初美 83 無所属・新
兼島  俊 40 無所属・新

 結局、最多立候補者記録の更新とはならず、届け出たのは前回と同じ人数の4人だった。沖縄県外から立候補を表明していた後藤浩昌氏(新潟県)、山口節生氏(埼玉県)、南俊輔氏(杉並区)はいずれも当日立候補を届け出なかった。
 いずれにせよ、佐喜真淳候補と玉城デニー候補の事実上の一騎討ちとなったのだが、接戦となれば他の2候補の得票も結果を左右することにもなりかねない。

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 ここで、前回の得票を改めて見てみたい。

当選360,820(51.7%)翁長 雄志 63 無所属・新(共産党、生活の党、社民党、沖縄社大党、新風会支持) 
  261,076(37.3%)仲井眞弘多 75 無所属・現職(自民党、次世代の党推薦) 
   69,447( 9.9%)下地 幹郎 53 無所属・新人(そうぞう・維新の党沖縄県本部 推薦)
       7,821( 1.1%)喜納昌吉 66 無所属・新

 当選した翁長知事が過半数の票を獲得している上に、前回は翁長候補と喜納候補に割れた民主党票が今回は玉城候補に一本化されているため、数の上では玉城候補が断然有利となる。一方の佐喜真候補は、仲井真前知事の票に加え、前回は下地候補を支援した維新の党の票が期待できる。
 問題は、前回自主投票だった公明党票の行方。公明党は昨年の総選挙比例区で沖縄県内では108,602票を獲得しているが、一説にはそのうち約3割が翁長候補を支持したとされる。今回、公明党は佐喜真候補を推薦しているため、前回の翁長知事の票のうち約3万票が佐喜真候補に入る計算になる。そうなると、佐喜真候補の票が玉城候補を上回る。
 今回は前回以上の激戦となっているようだ。

 選挙告示前に実施された選挙ドットコムの調査では、玉城候補が佐喜真候補をリードしているとのことであった。

 また、真偽不明だが、玉城候補がダブルスコアで佐喜真候補をリードしてるとの情報もネット上では流れていた。
 9月17日には各種マスコミの情勢調査の結果が発表されたが、琉球新報やテレビ沖縄などの調査では、佐喜真候補と玉城候補は「接戦」となっていた。一方、琉球放送の調査では玉城候補が「わずかに先行」し、佐喜真候補が「激しく追い上げる」という展開である。
 渡口初美候補と兼島俊候補は伸び悩んでいるとのこと。
 どうやら玉城候補がややリードしながらも接戦という情勢らしく、まだまだこの先の戦いいかんではどちらが勝つかわからない。
 琉球新報などの調査では、佐喜真候補は自民党と維新の会の支持層の約7割を固め、玉城候補は共産党や立憲民主党などの各党の支持層の8~9割を固めているという。前回自主投票で今回佐喜真候補を推薦する公明党の場合約6割が佐喜真候補を支持するに留まっている。公明党というと一枚岩の印象が強いが、今回の沖縄県知事戦では対応が割れているようだ。もともと公明党が米軍基地の辺野古移転に反対という立場であるということが影響しているのだろう。
 通常の選挙であれば、大抵は中盤の情勢調査の結果がそのまま投票結果につながることが多い。しかし、2月の沖縄県名護市長選挙では、オール沖縄の支援する現職の稲嶺進市長が、事前で優勢と伝えられながらも、自民・公明・維新推薦の渡具知武豊候補に破れてしまっている。劣勢の方に却って票が集まる「アンダードッグ効果」が表れたというのだろうか。あるいは「サイレント・マジョリティ(物言わぬ大衆)」が結果を左右したのかもしれない。サイレント・マジョリティというと、2016年のアメリカ大統領選挙の際にドナルド・トランプ大統領当選の原動力になったと言われる。この時も、事前の調査ではヒラリー・クリントン候補の支持の方が高かったわけだが、蓋を開けてみるも逆の結果となってしまった。沖縄県は1972年までアメリカの占領下にあったが、ひょっとしたらその気質もアメリカ的なのかもしれない。

■開票結果

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 気になることが1つあった。それは台風24号の動きである。選挙前日の29日に最接近すると予想されていた。一部の離島では投票が繰り上げられ、期日前投票も最終的には406,984人となり、前回の197,325人の倍を超えていた。
 そんな中、9月30日、沖縄県知事選挙が実施された。台風のせいだろうか、投票率は63.24%と前回2014年の64.13%を僅かに下回った。

当選396,632(55.07%) 玉城デニー 無所属・新(立憲民主党、国民民主党、共産党、自由党、社民党、沖縄社大党支持)
  316,458(43.94%) 佐喜真 淳 無所属・新(自民党、公明党、維新の党、希望の党推薦)
   3,638( 0.51%) 兼島  俊 無所属・新
   3,482( 0.48%) 渡口 初美 無所属・新

 オール沖縄の玉城デニー前代議士が、自民党・公明党など推薦の佐喜真淳・前宜野湾市長を抑えて初当選を決めた。かなりの接戦であろうと予想されていたが、蓋を開けてみると約8万票もの大差をつけての玉城候補の当選であった。これは、1998年知事選において稲嶺恵一候補が獲得した374,833票を上回る史上最多得票なのだそうだ。
 玉城、佐喜真両候補の激戦の陰に隠れて、渡口、兼島両候補は埋没してしまっていた。マスコミにもほとんど取り上げられず共に3千票台という惨敗。個人的には市議としての実績もある渡口候補の方が得票は多いだろうと考えていたのだが、兼島候補の方がやや得票では上回った。
 時事通信の出口調査によると、玉城候補は支持する立憲民主党、共産党、社民党の支持層の9割の票を獲得し、佐喜真候補は自民党支持層の79.8%の票を獲得している。鍵となる無党派層で玉城候補73.0%、佐喜真候補24.9%と差が出たのが勝敗を分けた要因だろう。注目すべきは公明党支持層で、佐喜真候補は66.7%しか獲得していない。公明党県本部が辺野古移設反対の方針であったこともあり、3分の1の票が玉城候補に流れたようだ。

■ネガティブキャンペーン

 今回の沖縄県知事選挙、激戦ということもあり、ネガティブ・キャンペーンが横行する選挙となっていた。アメリカ大統領選挙によく見られる光景だが、やはりこうした点でも沖縄県人の気質は日本本土と違うのだろうか。玉城デニー候補には隠し子疑惑や、彼が当選すれば中国に侵略されるとのデマが飛び交った。
 一方の佐喜真候補もディズニーランドの沖縄誘致やら携帯電話の料金を4割削減するとかいうデマのような公約が話題となった。過激な主張のいわゆる“ネトウヨ”が佐喜真候補の支援に回り、玉城候補をディスる過激なデマを発信しているのが目立ったが、このことが結果的に佐喜真候補の評判を下げてしまっていた可能性もある。こうしたネガティブ・キャンペーンが原因で、きちんと政策論争がなされなくなってしまっていたとしたら大変残念なことである。

 当選した玉城次期知事は、普天間基地の辺野古への移転阻止を進めていくことになるのだが、今後は計画を進める政府とどのように対峙していくのか、その手腕が問われることとなる。安倍政権にとっても、今回沖縄で負けたことは大きな打撃である。来年の参院選にも少なからぬ影響があるだろう。

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