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「鍛錬」

「映画とかでよく見るけどさ、アメリカの卒業式でさ、なんか、四角い帽子みたいなの、みんなで投げるシーンあるじゃん」
「あれな」
「じゃあさ、入学式のとき、どうなってるんだろ、ってふと思った」
「普通に入学するんじゃん」
「いや、でも、卒業式のこと考えてみてよ、あんだけ、角帽、投げるあの瞬間、ピックアップされてるってことだからさ」
「うん」
「ハイライトでしょ、卒業式の」
「確かに」
「絶対、あれだよ、入学式の時点で、振りになってるって思うわけ」
「振り?」
「そう、振り」
「どういうことよ」
「だから、入学式で、あの角帽、渡すのよ」
「え、現場で支給するってこと?」
「これを、何年後? 三年か四年かわからないけど、卒業するときに、みんなで投げましょうね、みたいな」
「だから今は投げないでください、みたいな注意もあるわけだ」
「それはわからないけど」
「いや、そこであるでいいじゃん。まあ、いいけど、角帽をもらう、投げる。これが学生生活の始めと終わり、っていう区切り、みたいな。振りっていうのはそういうことね?」
「うん、もしくは、入学式のとき、角帽もらうじゃん、それ、めちゃめちゃ重いわけ」
「物理的に?」
「精神的にでもいいけどさ、まあ、ひよっこだからね、新入りは」
「完全に卒業する側の目線で言ってるじゃん」
「いや、むしろ教師側」
「完全に、部外者だけどな」
「じゃあ、角帽のメーカーサイドで」
「もはやサプライ側の気分じゃん。で、なに?」
「うん、だから、重くて、入学式のときにはもうさ、ちょっとでも上に投げるなんてできないわけ」
「角帽が?」
「うん、わが社の角帽」
「営業のひと?」
「ごめん、メーカーの振りしてるのもうめんどくさいから、普通に話進めさせてもらうわ」
「うん、そうしてほしい」
「入学した時点では、角帽、重くて、腕とかぷるぷるしちゃうわけ」
「長く持ってらんないくらいに」
「そう。それで、学生生活の間に鍛えるわけ。チャペルアワー、ホームルーム、もちろん、授業や部活。そして友情と恋。そういう合間に、角帽リフト」
「リフト?」
「鍛えるわけよ、必死で」
「投げられるように?」
「そういうこと。そうしないと卒業できないから」
「脱落者も出てくる?」
「まあね。で、少しずつ、持ち上げられるようになるじゃん、で、投げられるようになってくの、数センチ単位とかで」
「うん、うん、まあ、筋肉は裏切らないって言うしな、あ、これ、アメリカの格言?」
「たぶん、そう。で、一センチ高く上げられるごとに、紐みたいなもの、もらえるわけ」
「紐? なにそれ?」
「あのさ、映画で見たことあるんでしょ、卒業のシーン」
「うん、だから、角帽を投げるやつでしょ」
「そう。あの帽子にさ、ふぁさふぁさー、って筆みたいな塊、つるされてるじゃん」
「あの、意味わからないやつ」
「それよ、それが紐、まとめたやつ。高く投げられるようになってますよー、の証」
「単位みたいなもんだ」
「そうそう、あれないと、最後、投げちゃいけないから。投げちゃいけない、っていうか、そもそも、投げられないから」
「重くて」
「そう。鍛えたものだけが、もらえるやつ」
「やっぱり、マッチョの国ってこと?」
「そういうことなんだろうなあ、まあ、とりあえず、入学式で、角帽が渡される、ってことに、納得できた?」
「ごめん、一個気になるとこある。じゃあ、ガウンは何?」
「ガウン?」
「なんか、黒いマントかコートみたいなやつ、羽織ってるじゃん」
「ああ、あれね。最初、全然持てないような、重いやつを、高く投げられるようになるってことさはさ」
「うん」
「相当、むきむきなのよ、みんな」
「まあ、そうだよな」
「そういう姿、見せたくない学生さんもいるわけじゃん」
「人によってはな」
「そう、その配慮だよ。見せるだけが筋肉じゃない、ってことなんでしょう」
「なるほどな」
「それで、どう? あっちに留学してみたくなった?」
「ううん、無理。今、そんな重いやつ、空に投げたあとのこと考えたら、怖くなってきた」
「あんなのが降ってきたら、大惨事だよな、凶器よ、凶器。あ、ってことは、鍛えるのと同時に、避ける訓練もしてるってことだ」
「だよな」
「映画とかでさも、角帽投げてさ、空に舞うシーンになったあとって、切り替わってること、よく見ない?」
「ほんとだ」
「あれ、逃げ遅れた人たちの姿、映さないように配慮してるんだろうな」
「配慮、また出たね」
「アメリカの大学、入りやすいけど、卒業しにくいとか言うじゃん」
「うんうん」
「そういうことなんだろうな、って思う」
「全部、納得できたわ」
「うん、じゃあ、そういうことで」
「うん、また明日」
「うん、宿題忘れるなよ」
「算数?」
「そう、早く、3桁のくり上がり、習いたいわ」
「だめ、全然怖くてやりたくない」
「まあ、そのうちね、ちょっとずつよ」
「それも訓練よな」
「だな」
 

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