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自己犠牲という名のスモールハート

「ユウちゃんあのね、私タキモトくんと付き合うことになったの。」

その後もマユミは私に話し続けていたみたいだけど、私の耳には全く入ってこなかった。ううん、聞かなかった。出来れば、聞きたくなかったから。

その日、私は初めてマユミからの電話を無視した。
熱を出した日も、大雪がビュービュー吹いていた日も、くったくたに疲れた日も、絶対に絶対にマユミからの電話に出ない日はなかったのに。
でも今日初めて無視をした。出ようと思えば出れたけど、出なかった。流れや雰囲気ではなく、ちゃんと自分の意思で決めたから後悔や罪悪感はなかった。初めて友達の対して"悪いこと"をした気分になって眠れなくなった。

ベットに寝っ転がりながらぼーっと天井の板と板の隙間を見つめる。

話は聞いていた。タキモトくんから告白されたということ、マユミも好きだということ。親友に嘘をつきたくないとマユミは律儀に全てを語ってくれた。こういうところがマユミの好きなところで、私は素直に嬉しく感じていた。

でもそれと同時にどこか、痛かった。好きだと話されれば話されるほどビー球くらいの黒いつぶつぶがぶくぶくと増えていくような感覚がする。誰かに言えば良かったのかもしれないけどなんだか言ってはいけない気がして、馬鹿みたいだけどなんとなく誰にも言わないでいた。

きっとこのままいけば私の胸には黒いビー玉が増えていく。けど、マユミは可愛くなり、さらにタキモトくんとお似合いになる。自己犠牲も甚だしい。2人がお似合いなことは私が一番知っていたから、体育の授業中に隣のクラスの子達が「タキモトくんとマユミちゃんってお似合いだよね。」って話してたときは少しむっとした。その近くで透けるように黒い髪を風になびかせながら走るマユミと遠くでアキレス腱を綺麗に伸ばすタキモトくんが見えた。

どうやったら可愛くなれるんだろう。マユミみたいにタキモトくんから愛されて存在を認められて、好きだと言われて、可愛くなるには何が足らないだろう。私がベッドに寝転がり、寝る数秒前までタキモトくんのことを考えていようとも、マユミは明日もタキモトくんと一緒に登校する。

ベットに段々と体重と重力がかかり沈んでいく感覚が少し病みつきになりそうになったころ、私は眠ったらしい。

「おはよう。」
「ユウちゃんおはよう。一緒に教室まで行こう?」
「ごめん、急がなきゃいけなくて...先に行くね。」

可愛くなれなかった。
精一杯駆け足で昇降口を曲がった。たぶん、あのまま一緒に教室へ行っていたら昨日の電話のことを聞かれただろう。私はなんて答えるつもりで無視したのか。

ふたりから見えないところでゆっくり階段を上る。音も立てずに、しっかりと。ぶくぶくぶく、とまた黒いつぶが増えた気がした。