正しい制服の脱ぎ方を知らないあたしたち

ちーちゃんにカレシが出来た。


それを知ったのはさっき。それも突然。

「ねえ、るな。わたしね、彼氏が出来たの。」

ずどーんって大きな隕石があたしの中に降ってきて、その反響でハートが揺れてるみたいな、別にちーちゃんはあたしの友達以外の何でもないはずだけど、なぜかすぐに「良かったね」って言えなかった。 たぶん、知らなかったからびっくりしたんだと思う。

「そうだったんだ。」

テンプレートみたいな表情と声であたしは言った。

「まだ、告白されて答えを伝えてないんだけどいずれ付き合うから親友のるなには一番に言いたくって。」

なんて言うちーちゃんは照れた表情で正直憎めない。

「あっ、もうそろそろ着替えないと先輩たち来ちゃうね。」
「ん、そうだね。裏で着替えよっか。」

"美術用品"と書かれたやけに重い扉を開けると乱雑に画材が置いてある。部室のエアコンが壊れたことにより、少し前から体操着に着替えて部活活動をするようになった。画材の匂いと夏の蒸し暑さが合わさって、くらくらしそうになりながらも、ガチャッと鍵をかけるとこの部屋にはちーちゃんとあたししかいなくて、その状況が今日は妙にドキドキした。

「それでね、さっきの話なんだけど誰だと思う?相手。」

ワイシャツの小さなボタンを1つずつ丁寧に外しながら、ちーちゃんは聞いてきた。

「んー…ヒントちょうだい!」

一生懸命興味があるようにヒントをねだる。その間もちーちゃんは丁寧にボタンを外していく。あたしも追うようにボタンを外す。

「んーとね、ヒントは…3組。」

あたしに目を合わせ振り返りながらちーちゃんがゆっくりワイシャツを脱ぐと真っ白な背中が見えた。そこには星座みたいに大小様々な大きさのほくろが綺麗に並んでいた。ちーちゃんはあまり気に入ってないみたいだけど、あたしはすごく綺麗だと思ってる。引っかき傷1つない綺麗な背中に広がる星座を、今は私だけが知っているのだ。

「ねえ?聞いてる?」

そう言われてハッとするとすぐにその星座は体操着のシャツで隠されてしまった。

「うん、聞いてる聞いてる。3組か…学級委員の間宮くんとか?」
「ぶっぶー。でも近い、かな?同じサッカー部。」

ちーちゃんは制服のスカートの下に体操着の短パンを履いてスカートを脱ぎ捨てた。すとんと落ちたスカートを拾うにはあまりにも足が長く、よいしょっと言いながらそれを掴み綺麗にたたむ。

「じゃあ、やまちゃん?」
「るな、それは絶対ありえないから!」

わざとありえない答えをしてみると、ちーちゃんは目を三日月型にしてくっくっくっと笑った。

「えー、あたしはやまちゃんみたいなぽっちゃりも好きだけどなあ。うーん、じゃあ原田とか?」
「……ピンポン。」

ちーちゃんが恥ずかしそうにぼそぼそっとつぶやく。その割にあたしは相手などどうでもよかった。最低だけど、そう思っていた。

「へえ〜なんて告白されたの?」
「みんなには内緒ね?実は…」

そう言いながら、ちーちゃんはくしを器用に使いながらささっと長い髪をまとめてポニーテールを作った。小窓からの光がちーちゃんに当たって綺麗な黒髪がキラキラと光っている。束になった髪は揺れて、サラサラとしているのが見て取れた。いや、実際、本当にサラサラしているんだ。何度もあたしは触ったことがある。でもこの綺麗な髪も触れられて誰かのものになってしまう。

「だからもうびっくりしちゃって!まさか、あの原田くんが好きって言ってくれるなんて思わないじゃない?」

なんだか嬉しそうに話す。ちーちゃんに見惚れてまだワイシャツのボタンを2つほどしか外せてないあたしは急に馬鹿らしくなり、とうとう手が止まった。そして、ぼそっと言ってしまった。

「私もちーちゃんのことを好きだよ。」
「えっ?なに、急に。どうしたの?」

何言ってるの、そんなの分かってるよってへらへら笑うちーちゃんが急に憎くなって、か細い手をぎゅうっと握った。相手はこの細く少し血管が透けた華奢な手を男子の圧倒的握力で握りつぶしてはしまわないだろうか。

「この細い指も、さらさらな長い髪も、笑うと三日月みたいになる目も、全部好き。」
「あ、りがとう。」
「たぶん、あたし原田よりちーちゃんのこと好きだよ。ずっと前から好きだよ。」
「うん、」
「だからね、あたしの大切なちーちゃんを悲しませるなんてことしたら絶対許さない。」
「うん。」
「ねえ、ちーちゃんはあたしのことどう思ってる?」

あたしはちーちゃんにゆっくりと顔を近づけた。ちーちゃんは驚いた顔をしながらも後ずさりせず、ゆっくりと目を閉じた。
私はありったけの気持ちを込めてお見舞いしてやった。ちーちゃんにとっての"あたし"が大きな存在になるように願って。