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コンサル探偵の事件簿:昆虫シリーズ第2段!~黒の幼虫~

【2002年10月11日夕刻】
組織での業務を終え、帰り支度をするコンサル探偵の周りで、蝶と蛾の区別の話が持ち上がる。何でも私のチームのボスは、その区別を人に説明する際(一体どこで?しかもなぜそんな説明を求められるのか・・・)、大げさな身振りと手振りで蛾と蝶の真似をするのだと女性調査員達が黄色い声で騒いでいる。
今思えばそれが自分に待ち受ける運命の前触れだった。そうとは知らず、久しぶりの早い帰宅へと向けオフィスを後にするコンサル探偵。夕暮れの街には秋の気配。早い帰宅に驚くであろう家族の顔を思いながら、足早に雑踏へ溶け込んで行く。

【2002年10月12日昼】
3連休の初日。昨夜の早い帰宅だけで自己満足しているのほほんのんきなコンサル探偵。普段のフォローを入れるにはもってこいの3連休にも特に家庭サービスの予定もなく、我が家ながら妙に居心地が悪い。朝食を作るも朝食作りはほぼ日常業務化しており、家族にはあたりまえのように流されてしまう。
妙に張り詰めた空気を察したか、新しい自転車を手に入れた長女からまちへ探検に行きたいとのリクエスト。これは渡りに舟と、出かけるも、目的地を定めず出かけたため妻(及び後ろに積まれた次女)は「ツマラナイ」と行って途中でリタイヤ。
普段から家庭サービスがなっていないコンサル探偵は、善福寺川の横に整備されたサイクリングコースを走りなんとか長女の冒険心を満たす。帰路、途中のコンビニから自宅へ電話をかけ(娘にお願いする)、カミさんの機嫌をうかがい(むしろ、うかがわせ)、さほど問題なさそうだと判断し、程なく我が家へと戻る。

【同日午後4時頃】
家に着くと土日しか使われない私の自転車は、小型車も入らないであろう小さな駐車スペースのそのまた奥の隙間へと追いやられる。その日もいつものようにその作業を行うも、途中、妙な違和感。コンサル探偵の鍛えられた視界の片隅に引っかかったそれは、次女がどこかから持ち込んだ妙に味のある小枝に並んでいた。
「なんだ?」
乾燥した小枝に比べ妙な存在感。コンサル探偵は瞬時にして、「太さ=小枝の1.5倍(ちょうど成人男性の人差し指ぐらい)」「長さ=7~8センチぐらい」「テクスチャー=遠目ではビロード状の滑らかさ」であることを見抜く!
(はて?途中で帰った次女がまたもや何かを持ち込んだのか?)
とりあえず自転車を止めてその場に戻ると、詳細な観察のためしゃがみこむコンサル探偵。
「ウッ!」
すぐ横で新しい自転車のスタンドと格闘している娘の声がのんきに声をかける。
「どうしたのぉ~」

(~ダメだ!来るな!きちゃいかん!!!どっかーん!~)なーんて最近読んだ爆発物処理員の活躍する小説のワンシーンを思い出しながら地面に存在するその物体を凝視するどこかショートしているコンサル探偵のお馴染みの脳細胞も、少し遅れて自分がなぜ息を飲んだのかを理解し始める。

「む、虫だ!」
い。いわゆるイモムシと言われるヤツ。。。しかもデカイ!妙な存在感はこいつの放つ生命力だったのだ。
(で、でも実はし、死んでいたりして???)
妙な期待を込めて、靴の先っぽの方でそっと触れてみる。そーっと端っこを。。。

「ゥギョ!」・・・う、動いた、、、生きてやがる。

(ど、どうすんだこれ。。。)
(何であなたこんなところにいる訳?)

君の存在をカミさんに告げれば始末しろと言うに違いない。かといって今ここでつまんでお隣の庭に入れるのもちょっと。。。だいたい何で摘むわけ?また割り箸?やだよもう.。o○(ナメクジ編参照)
もたもたしている私の背後にようやくスタンドを立てた娘がやってくる。
「お父さんなにしてんの?」
「いや、こんなところになんかの幼虫が・・・」
つい口にしてしまったが、その瞬間自分があやまった選択をしたことに気が付く。娘は私の横から、そいつを覗くなり、
「うえっ、気持ちワル!」
といって家に駆け込んでいった。そして私の心配も知らず、、、
「おかーさーん、外にすごいイモムシがいるよー」
(ああ、告げてしまった。。。)
そして予想された通りの回答が帰ってくる。すぐに(「殺せ」に10ペンス賭けるぜ相棒)。
「おとーさーん、おかあさんが殺してだってー」(ほらね♪)
あ゛ーーーー(/_;)
何てことだ、俺にまた虫を殺させるのか。。。しかもこんなに立派なイモムシを・・・

しかし、こいつはなんになるんだろう?蛾か?蝶か?まさかこのままって訳はなかろう?蝶ならまだ助けてやれる道があるかもしれない。
だが、『蛾』は問題だ。
我が家ではどんなちっさな蛾もことごとく忌み嫌われている。かく言うコンサル探偵的にも蛾や蝶は苦手だ。こんなところで弱点をさらしたくはないが、あの燐粉がたまらない、あの羽の模様が気持ち悪い。うげー、こんな文章を打っているだけで鳥肌が立つ。ってな具合だ。

どーしよう。どーしよう!どうせ始末させられるのぼくだしなぁー。おろおろするちょっと困ったぼくちゃんコンサル探偵。そうだ!!!まずは図鑑で確認を。いやなことを後回しにするのは家でも組織でも変わらない。このような行為は近年のビジネス本によると果てしなく出世しないパターンだ。
カミさんの手下と化した娘に図鑑を用意させて二人で調査を開始する親子探偵。見たくないのに沢山の蛾や蝶の頁をパラパラめくる。めくりながら思い出すのだが、気持ち悪くて先ほどの抹殺対象の模様や形状をあまり記憶していないことに気が付く。娘を残して現場へと赴く。(もうどこかへいなくなっていてくれはしまいか・・・淡い期待を胸に秘め。。。)

が、やっぱりまだいる。
先ほどと同じような場所に同じような格好で。。。

気持ち悪いが尊い生命を救うため、じっくり観察するコンサル探偵。
でも、あれ?意外とかっこいいじゃん。
前だか後だか分からないが、ぴんと角のようなものが突き出ている。黒い体には縦にふた筋オレンジ色の目玉のような模様が並んでいる。(ははーん、これは目玉みたいに見せて、鳥とかについばまれないためだな?なかなかやりおる自然界。)それに、じっくり見ると以外に美しい。これはひょっとするとひょっとするかもしれない。私の頭の中では綺麗な蝶がさなぎから孵化して飛び立つシーンが展開される(顔はなぜか「みなしごハッチ」ふ、古い、しかもそれはハチ・・・)。

少し気をよくしたコンサル探偵は、次女が持ち込んだ妙に味わいある小枝を手に、ちょっとイモムシと戯れてみる。小枝で角を突付いて反応を伺うも、あまりいいリアクションが得られない。ダメじゃん!イモムシにダメ出しをし、今度は横腹を押してひっくり返してみる。おお、これはすごい!すごいスピードでもとに戻るではないか!まぐれかな?もう二度、三度。。。おお、すごい。すごい。何度やっても瞬時にもとに戻る。しかも、でかいだけあってその動きはかなり力強い。
「うーむ、侮りがたし・・・」お決まりの文句を口にするが、ふと、いい気になって戯れていると、突然毒とかを吹きかけられたり例の角で刺されたりするのでは?と、急に怖くなって、娘の待つ部屋へと戻っていく。
「どうだった?」
もう飽きて図鑑調べとは別のことをしている娘が他人事のように問い掛ける。
「もうばっちり覚えてきたよ、特徴があるんだ、お尻だか頭だかにかっこいい角みたいなのがあるヤツ・・・」
(再び興味を示した娘と~ペラペラペラ~頁をめくる)
「いた!」「これだよ!!これ!!!」
「スゲー!さすが百科事典!全くおんなじのがのってんじゃん!!!」
「が、蛾のページに・・・」

一瞬高まった気持ちは急速に落ち込む。。。
「やっぱり蛾の幼虫だよ、長女ちゃん・・・」
「げー!!!どうすんの?早く殺してよ。おかあさん潰してっていってたよ。」
(うーん、お前、簡単に殺してなんて言うなよ。卑しくもお前はコンサル探偵の娘だぞ!その娘が殺せだなんて犯罪者的な・・・ブツブツ)娘を無視して図鑑をめくるコンサル探偵。なんとか自分の手を汚さない方法はないか?こいつが苦手な呪文とか載っていないのか?百科事典・・・

どうやら我らが図鑑によると私の抹殺対象は、『セスジスズメ』と言うスズメガの幼虫で、現在「4齢幼虫」と言われる段階にあるらしい。この時期がこいつはもっとも美しいような説明がされている(そんなこと言われても・・・)。その後、5齢幼虫として少し緑っぽくなった後、さなぎになって越冬をするとのこと。さなぎの姿を見ると、、、そう、お前とは以前何度も会っている。子供の頃。地面を掘っていると時々出てきたさなぎとそっくりの写真が。。。これだったのかぁ
子供の頃、このさなぎが出ると「スズメガだ!」とか言っている自称昆虫博士がいたような気がしてくる。ああ、長年の謎が解けた、あの地中のさなぎはお前たちだったんだ。。。
しかし、美しい蝶であれば命乞いをしてやって(誰に?)もよかったが・・・こんなでっかい蛾になっちゃやだよなぁ。。。

するといつのまにか姿を消していた娘が新たな情報を持ってやってくる。
「この前もあの虫いたんだって!そんでね、それは美帆ちゃんが踏んづけてつぶして殺したの!」

な、なんと、この近辺では結構繁殖していると見える。しかし、自分の手を汚さずに(いや足かな?)、子供にやらせるなんて、なんて母親だ。。。怖けれりゃ殺さなくてもいいのに。

でも自分もちょっと次女を利用して始末させてみようかと思い次女を探しに行く。そういえば、なぜかさっきから姿が見えない。一体どこに行ったのか?なぜ声もしない?夢中で何かしているのか?それとも今日は長女しか登場しないのか?
となりの部屋をのぞくと・・・
な、なんと、座布団の上にうつぶせて、お得意の行き倒れポーズで。。。ね、寝ている!お、お昼寝してる~!
な、なんだよ、お前は!!!
1歳の時からどんだけ言ってもお昼寝なんてしない子だったじゃないか!何でこんな時にだけ寝てるわけ?父の一大事に!この親不孝者!(どっちが・・・)

図鑑にも娘達にも見捨てられた。妻にはとっくに・・・三面楚歌のコンサル探偵。仕方がない、男らしく(?)始末に向かうか。これだけもたもたしてたんだから、もういなくなってたりしないかなぁ・・・
外に出てみると、コンサル探偵の淡い期待はまたしても砕け散る。
ただ、先ほどと違う点は、私の殺気を悟ったのか、ものすごいスピードで移動しているのであった。
(ああ、そっちが頭なんだ・・・)呆然とセスジスズメの黒い幼虫を見つめる。じっとしていると気品すら感じられる出で立ちであったが、移動中の姿はかなり醜い。。。頭のあたりを細めてモゴモゴしながら我が敷地内からの脱出を試みているようだ。その姿、スゲー、イモムシ。

その不気味な姿を見ていると私の心にじわじわと殺意が芽生えてきた(その移動中の姿はあまりにも不細工だ。。。)
その心を見透かしたのか、先ほどから声しかしなかった黒幕・妻がついに窓辺に姿をあらわす。レースのカーテンから横顔だけを覗かせて。
確かな殺意を持ちながら、なおも躊躇している私に、彼女は殺しのアドバイスをささやく。

「葉っぱで虫を隠してつぶすのよ、そうすると靴が汚れないわ、それで次女ちゃんにもつぶさせたの。」

な、なんと!
こいつが潰されたほうがいいのではないかと少し思いながら、なすすべのないコンサル探偵。ヨロヨロと手ごろな葉っぱを探しに行く。まもなく見つけた葉っぱを、おっかなびっくりそいつのうえにかぶせると、どうしたわけか移動を止める黒い幼虫。
(観念したのか?それともそう言う性質か?まさかここで冬眠しちゃうとか?)

窓辺では妻が口元に冷ややかな笑みを浮かべ横目で私を見張っている。背筋に鳥肌が立つ。おそらく小さい毛虫をつぶした時以上の感触が足の裏に伝わるであろう。なんせこいつは
「自分史上最大イモムシ」だ。。。
私はそれを恐れ、掃除用のチリ取りを探しに行く。幼虫は葉っぱの下から動く気配はない。どうしたんだ?待っているのか?俺につぶされるのを?分かっているのか?自分の人生、いや虫生(?)を?なぜ抵抗しない?なぜ逃げ出さない?その角で私を突いてみろ!おい!私は今からお前を、お前を・・・

葉っぱの上にチリ取りを置き、その上から一気に踏み潰す。
チリ取りを上げると、葉っぱの下からそれはそれは綺麗な緑色の液体が広がる。さらさらとした綺麗な体液が。。。

なぜ?お前はこれを俺に見せたかったのか?自分の命と引き換えに、自分がこれほどまでに美しいことを俺に・・・
しかし私は殺してしまった。お前が見かけの美しさとともに身体の中も美しいことを知らずに・・・
自分のしてしまった過ちに涙ぐみ、救いを求めるように妻を振り向くと・・・既に窓際からは離れ、背中越しに、
「後もちゃんと綺麗にしておいてね。ハエが来るから。」
と言い残し奥に消えていってしまった。(お、オニ・・・)

【同日午後5時頃】
死骸を始末すると、なんともいえない脱力感に包まれながら家の中に戻る。もう一度図鑑でその性質を確認しながら(嫌いならやめときゃいいのに・・・)私は理解した。

二度と孵ることのないヤツは、越冬の場所に私の心を選んだのだと。
自分の一番美しい時の姿を留め、醜い蛾には永遠に孵ることはない。
私の記憶の中にその姿を焼きとどめるために・・・

ヤツはまんまと成功したようだ。。。
・・・
ちょっとハードボイルドっぽくブルーに沈んでいると、階下から、
「おとうさん、今日のごはんなにー!次女ちゃんも起きたよー!!!」
長女の声でゆっくり日常に引き戻された私は、土日祝日のミッションである食事の作成へと駆りたたれるのであった。晩御飯は何にする?しばらくソーセージはやめだ。明日は何も出ませんようにと祈りつつ。


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