短編小説「白紙に込めた真意」#秋ピリカ応募
「気をつけて」
デスクに置かれた紙には一言だけが書かれていた。差出人の名前はない。不安が胸をかすめる。紙を握りしめながら、私は半年前のことを思い出した。
——あの時も紙だった。
その紙には「手伝って」とだけ記されていた。渡してきたのは、コンサル会社から派遣された金沢さん。彼は「メールは監視されてるからな」と笑って、紙のメモを使う変わり者だったが、仕事への熱意は本物だった。昼夜を問わず働く彼に影響され、私もM&Aプロジェクトに引き込まれた。
——今回の「気をつけて」も、彼から?
疑問を抱きつつ、私は調査を進めた。そして、驚愕の事実を知る。今回のM&Aには、統合後の大規模なリストラ計画が隠されていたのだ。金沢さんがそれを知り、警告してくれたのではないか。そう思った私は、急いで彼のオフィスに向かった。
「金沢さん、あの紙……あなたですよね?」私の期待に反して、彼は何も言わない。その沈黙が、不安をさらに掻き立てる。
「リストラは止めるべきです! 従業員が犠牲になります!」必死に訴えると、彼は苦しげに目を伏せ、ぽつりと呟いた。
「私には、M&Aを成功させる必要がある。信じるもののために」
「信じるもの……?」彼の言葉が理解できなかった。わが社のために尽力してきた彼が、なぜリストラを容認するのか。私は彼を信じたい気持ちと、疑念の間で揺れ動いた。
「君は、何を信じる?」
その問いに、私は答えられなかった。信じるべきは金沢さんか、会社の未来か。でも彼は今まで私たちを裏切ったことはない。だから私は、彼を信じることに賭けた。
——彼がプロジェクトを成功させれば、きっと従業員も守られるはずだ。
そしてM&Aは完了した。しかし、その直後、社内に衝撃的なニュースが流れた。金沢さんが高額な成功報酬を受け取って会社を去ったという。そして、リストラの発表。大量の従業員が解雇された。
私は呆然と立ち尽くし、裏切られた思いでいっぱいだった。金沢さんが私たちを見捨てたのか?
その時、ふとデスクの引き出しに目をやった。中には、白紙の紙が一枚差し込まれていた。
「……」
何も書かれていないその紙を見つめながら、私は彼の真意を考え続けた。彼は本当に裏切ったのか、それとも別の意図があったのか? わずかな期待を胸に、私は彼を探し始めた。
半年後、金沢さんが新たに立ち上げた会社を見つけた。そこでは、リストラされた従業員たちに新しい職場が提供されていた。金沢さんは、陰でずっと従業員を守ろうと動いていたのだ。成功報酬を元手に、彼なりのやり方で。
「金沢さん……」
私が彼を呼ぶと、彼は振り返り、穏やかな笑顔を見せた。
「君は、何を信じた?」
その問いに対して、私は漸く彼の真意を理解した。なぜあの紙が白紙だったのか。そして……なぜ私は今ここにいるのか。
私は左手にその紙を取り出してゆっくりと眺める。そして、右手にペンを掴んだ。
文字数:1195文字
ピリカグランプリに初参加できること、本当に感謝しています。ピリカさん、審査員のみなさん、このような機会をありがとうございます!
応募数が多くて大変かと思いますが、私の作品が少しでもお役に立てることを願っています。何度も内容を見直し、これが今の私のベストだと言える作品に仕上げました。勇気を出してどんぶらこと投稿しましたので、どうぞよろしくお願いします。
800~1200文字の制限、絶妙ですね。短いながらも妥協は許されず、盛り込みたいことが削ぎ落とされる……絶妙なルールを考えた方に拍手です!
最後にもう一度、ピリカさん、審査員のみなさん、本当にありがとうございます!
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