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とある若頭の高校生活⑧

あっという間に夏休みも終わり、乃木高も新学期を迎え早3日が経っていた


「ほら、元気出しなよさく」


遠「だって…」


「まだあのこと引きずってるの?」


遠「それもあるけど…」


(あ、これはその先輩に惚れたな…)


頬を赤らめてモジモジしているので、非常に分かりやすい



「…それで、さくはどうしたいの?」


遠「とりあえず、会って一回ちゃんと謝りたい」


「んー、お姉ちゃんも3年生だから、聞いてみたら分かるかも。名前とか分かる?」


遠「〇〇さんと、確か…絵梨花さんって言ってたと思う」


「あ、お姉ちゃんから聞いたことあるかも。分かった、じゃあ昼休みにでも行ってみよっか」




そして昼休み、


「白石さん、妹さんが来てるよ?」


「ごめんねお姉ちゃん、いきなり押し掛けちゃって」


麻「大丈夫だけど、珍しいね、遥香が学校で会いに来るなんて」

さくらの友人の名前は白石遥香


〇〇のクラスメイトである白石麻衣の妹だった



麻「それで、どうしたの?」


遥「お姉ちゃん、○○さんと絵梨花さんって仲良かったりする?」


麻「二人とも同じクラスだけど…何かあったの?」


遥「さく、自分で話せる?」


遠「うん。実は…」


さくらは夏祭りの日の出来事を麻衣に話した



麻「そんなことが…」


遠「はい…なんだか私のせいで誤解させてしまったみたいなので、直接会って謝りたくて…」


麻「そっか…」


話を聞いた麻衣は、やや複雑そうな表情を浮かべていた


麻「実は設楽くん、新学期から学校来てないんだよね…連絡も返ってこないし…」


遠「え…そうなんですか?」


遠(…やっぱり私のせいで、落ち込んでるのかな)


麻衣はさくらが浮かない表情をしているのを見て、元気づけるように言った


麻「大丈夫!バカみたいに仲の良い二人だから、誤解さえ解けたらすぐまたいつもの感じになるよ。だから心配しないで、ね?」


遠「はい…」


麻「絵梨花も委員会の仕事で今いないから、私から説明しておくね。あの子ああ見えて頑固だから…」


遠「ありがとうございます。よろしくお願いします…」


遥「ごめんね昼休みに押しかけちゃって」


麻「ううん、また何かあったらいつでもおいで。さくらちゃんもね?」


遥「ありがとう!」


遠「はい…!」


さくらと遥香の二人は教室を後にした


麻(まったく…後輩の女の子に心配掛けて何やってんのよ…)


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一方その頃○○は…


○「チッ…んなもんかよ!」


「ぐはっ…」


○「おいおいもう終わりか?根性足りねえな」


○○はあの日以降、以前の自分に戻ってしまったかのように喧嘩に明け暮れていたが、いくら喧嘩をしてもそのモヤモヤは深まるばかりだった


○(こんな雑魚、いくら殴ってもスッキリしねえ…)



「おいおい、凄え荒れてるな」

そんな彼に声を掛けたのは藤森だった


○「藤森…何か用か?」


藤「ずいぶん荒れてんじゃねえか。設楽組の若頭ともあろう者が、チンピラ相手に弱い者いじめかよ?」


○「テメェ…喧嘩売りに来たのか?」


藤「ま、あながち間違っちゃいねえな。…ちょっとツラ貸せよ、設楽」


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場所を変え、近くの神社の境内にやってきた二人は並んで座り込んだ


奇しくもそこは、絵梨花と花火を見た場所だった


○「んで、わざわざこんなとこまで連れてきて何なんだよ?」



藤「…この前、ここらへんでうちの奴らと揉めたろ?」


○「…ああ、俺の名前聞いたらとっとと逃げて行きやがったけどな」


藤「うちは血の気が多い連中ばっかでな、お前の首を取ってやろうって息巻いてんだよ」


○「はっ、そうかよ。結構なことじゃねえか」


藤「正直俺はそういう面倒なのは好きじゃねえが、立場上そういうわけにもいかなくてな…」


藤森は立ち上がると、○○を挑発するようにクイッと手招きをする


藤「ちょっと運動しようぜ」


○「…上等だ!」


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そして場面は再び学校に移る


麻「…ていうことだから、設楽くんは浮気してたわけじゃないんだって」


委員会の仕事が終わり戻ってきた絵梨花に、麻衣はさくらから聞いた話を伝える


生「…分かってるよ。あの○○がそんなことするはずないもん」


麻「だったら…」


生「でもあの時はショックでつい酷いこと言っちゃって、○○に合わせる顔がないよ…」


麻「大丈夫だよ!設楽くんもそんな複雑なタイプじゃないと思うから」


生「…そうかなぁ」


麻「今日は塾があって無理だけど、明日にでも設楽くんの家に行ってみよ?ね?」


生「うん…分かった」


生(はぁ、ちゃんと会って話したいな…)


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○「おらぁっ!」


藤「ふんっ!」


二人の力量差は拮抗しており、流れる血やパンパンに腫れた顔が、その激しさを物語っていた


しかし、決着は一瞬だった


藤森が繰り出したパンチに合わせ、カウンターのような形で○○の拳がヒットし、藤森はその場に崩れ落ちるように倒れ込んだ


藤「ハァ…ハァ…やっぱりテメェにゃ敵わねえか…」


○「……」


藤「だけど、楽しい喧嘩だったな…久々に熱くなったぜ」


○「…だな」



藤「そんで…何がきっかけで荒れてたんだよ?」


○「…お前には関係ねえよ」


藤「こういう時は人生の先輩に相談するのが筋ってもんだろ?三つも上だしよ」


○「何が人生の先輩だよ…」


藤「いいから話してみろよ」


○「チッ…面白くも何ともねえぞ?」



○○は諦めたように話し始めた


初めは嫌々行き始めた高校だったが、友人ができたこと


人生で初めて好きな相手ができたこと


そんな仲間たちと一緒にいる日々がたまらなく楽しかったこと


しかし、そんな日々は長くは続かないであろうこと


○「ヤクザである以上、俺はあいつらを騙し続けてんだ。それが分かった以上、もう戻れねえ…」


藤森は○○の話を黙って聞いていたが、話し終えるとゆっくりと口を開いた



藤「…くだらねえな」


○「なにっ!?」


藤「好きなら好きって言やあいいじゃねえか。自分の全部さらけ出してよ」


○「そんな簡単なことじゃねえんだよ…!」


藤「テメェはそんな簡単なこともできねえヘタレなのか?嘘ついて騙してる側が、被害者ぶってんじゃねえぞ」


○「っ…!」


核心をつかれ、言葉に詰まってしまう


藤「いいか?自分を隠してるうちは本当の仲間なんかできやしねえ。全部さらけ出して、それでも側に居てくれるやつが本当の仲間だ」


○「……」


藤「…ま、昔のダチは俺がヤクザになったらみんな離れていっちまったけどな」


○「藤森…」


藤「はぁ、それにしても痛えな…容赦無く殴ってくれやがって」


○「…当たり前だ。お前相手に手加減する余裕なんてなかったからな」


藤「…とにかく、うちの奴らには気を付けろ。何か企んでるみたいだからよ」


○「…ああ」



藤「じゃ…俺は帰るわ」


そう言って藤森は○○に背を向け歩いていく


○「藤森!」


呼び止められた藤森は振り向く


○「ありがとな…」


言い方こそぶっきらぼうだったが、○○の素直な感謝の気持ちだった


藤「…おう」

藤森は手を上げて応えると、今度こそ歩いて帰っていった


○(自分をさらけ出す…か)


○「よし…」


○○は何かを決意したような力強い眼差しをしていた


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次の日、久し振りに登校した○○は、何やら黒いオーラを纏っている麻衣に謝罪していた

○「本当にすいませんでした…」


麻「まったく、女子を不安にさせた責任は重いぞ?」


○「海よりも深く反省してます…」


日「まあまあ、○○も悪気があったわけじゃないから…」


麻「まあ、戻って来てくれたからいいけどさ。それにしても、今日は絵梨花遅いな…」



そんなことを話していると、慌てた様子で遥香が教室に入ってきた


遥「お姉ちゃん!さく来てない?」


麻「え、こっちには来てないよ?どうしたの?」


遥「もうすぐホームルーム始まるのに来ないし連絡もつかないの!」


○「っ!?まさか…」


○○は昨日の藤森の言葉を思い出す


(うちの奴らには気を付けろ。何か企んでるみたいだからよ)


○(絵梨花は分からないが、さくらはあいつらに顔が割れてる。もしも俺のせいで何かに巻き込まれたとしたら…)


○○は走って教室を出て行った


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遡ること数十分前


「よお、この前のお嬢ちゃんじゃねえか」


さくらが一人で登校していると、夏祭りの日に絡まれた男たちに声を掛けられた


遠「あ、あの…何かご用ですか?」


「設楽○○、知ってるだろ?ちょっとあいつに用があってな、呼び出してほしいんだよ」


遠「し、知りません…」


「あ?この前一緒にいただろうがよ!」


男は大きな声を出してさくらを恫喝する


遠「ひっ…」


恐怖に竦んで声が出せないさくらを見て、男たちはますます調子に乗る


「さっさと呼び出せっつってんだよ!」


そう言って男が拳を振り上げた時だった



「ちょっと!あんたたち何してんのよ!」


遠くから制服を着た一人の女子が走ってくるのが見えた

遠「絵梨花さん…」


「まーた可愛い子じゃねえか、この学校は女の子のレベル高くていいねぇ」


生「それ以上さくらちゃんに近づいたらただじゃ済まないからね!」


そう言って絵梨花は、男たちとさくらの間に割って入る


遠「絵梨花さん…危ないです!逃げて下さい!」


生「私なら大丈夫。こんな奴らに負ける程やわじゃないから!」


絵梨花はさくらを庇うように、堂々と男たちに相対していた


「おいおい、別に俺たち手荒なことするつもりはねえよ。ちょっと○○に用があるだけなんだ。呼んでくれりゃすぐに退散する」


生「さっきさくらちゃんに手を上げようとしてたくせに…誰が素直に呼びに行くもんですか」


遠(絵梨花さん…震えてる)


絵梨花は足も声も震えていたが、それでもさくらを守ろうと必死に気丈に振る舞っていた



「じゃあ仕方ねえな…」


絵梨花の必死な様子に、男たちも根負けしたようで…


「おらぁっ!」


男の一人が絵梨花の腹に拳を叩きつけた


生「うぅっ…」


絵梨花はその場にうずくまるように倒れ込む


「最初からこうすりゃ良かったな」


遠「絵梨花さん!」


たまらずさくらが駆け寄ろうとするも、男たちが立ち塞がる


「おい、そっちの女はいい!騒ぎになる前にさっさと連れてくぞ!」


遠「いや…やめて下さい…!」


抵抗しようとするが、さくらはなす術なく突き飛ばされてしまう


「○○に伝えな。女に乱暴されたくなかったら、一人で三丁目の廃工場に来いってな」


そして男たちは絵梨花を車に乗せ走り去っていった


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学校を飛び出した○○は、よろよろと歩いているさくらの姿を遠くに発見した

○「おい、さくら!」


遠「あ…○○さん…」


○○が声を掛けて駆け寄ると、さくらは虚ろな目をして顔を上げた


泣き続けていたのだろうか、その顔は涙で濡れてぐしゃぐしゃになっていた


○「どうした、何があった?」


遠「…絵梨花さんが」


さくらは必死に言葉を紡ぎ出したが、先程の恐怖からか思うように話せなかった


○「ゆっくりでいい、落ち着いて話せ。絵梨花がどうかしたのか?」


遠「わ、私のせいで絵梨花さんが…」


さくらは震える声で必死に言葉を続ける


遠「学校に行く途中で、この前の男の人たちに声かけられて…絵梨花さんが私を守ろうとして…」


○(やっぱあいつらか…)


遠「乱暴されたくなかったら、一人で三丁目の廃工場に来いって…」


○「…そうか」


さくらの話で事態を把握した○○は、自分の不甲斐なさに怒りを覚え拳を固く握った



○「さくらは帰ってろ。絵梨花は…俺が連れ戻す」


遠「でも…」


○「いいから頼む、言うことを聞いてくれ」


そう言った○○の表情は、これまで見せたことがない程怒りに震えていた


さくらは何も言えず従う他なかった


○「あいつらにも心配するなって言っといてくれ」


そう言って、○○は廃工場の方へと駆け出していった


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生(ここは…?)


目隠しを外された絵梨花は周囲を見渡すが、そこがどこだか分からなかった


そんな絵梨花に男が声を掛けた


「…ここは俺たちのアジトだ。しばらくはここで大人しくしてもらうぜ」


どうやらここはどこかの廃工場のようで、絵梨花は両手を後ろに縛られ、椅子に座らされていた



先程は後輩の前で気丈に振る舞っていたが、さすがに恐怖でいっぱいなのか、身体を震え涙を流している


「あーあ、泣いちゃったよ…泣いてる顔も可愛いねえ…」


男はそう言いながら、絵梨花の顎を掴んで上を向かせる


生「さ、触らないで…!」


絵梨花は身体を震わせて必死に抵抗するも、縄で縛られているので動けるはずがなかった


「よく見りゃいい身体してるし、あいつをボコボコにした後にたっぷり可愛がってやるから期待してな」


男は舌なめずりをしながら、絵梨花の全身をいやらしく見つめている


生(いや…助けて…!)



ガシャーン!


そんな絵梨花の心の叫びが通じたのか、廃工場の扉が開く音が聞こえた


「なんだ!?」


男たちが扉の方を振り向くと、そこには怒りに打ち震える一人の男の姿があった


○「てめえら…絵梨花に手ぇ出したらどうなるか分かってんだろうな…」


その鋭い眼差しは学級委員の設楽○○の姿ではなく、かつて「狂龍」と呼ばれた姿そのものだった


今にも爆発しそうな怒りを必死に押し殺しながら、それでもなお唸るような声で男に詰め寄る



しかし、それはむしろ男たちの嗜虐心を煽るだけだった


「へっ!かっこつけてんじゃねえよ」


そう言って男は近くに落ちていた鉄パイプを拾うと○○に向けて振りかぶった


絵梨花「○○!」


絵梨花は思わず目を瞑り、顔を背けてしまう


しかし、ゆっくりと目を開けると、○○が振り下ろされた鉄パイプを片手で受け止めていた


○「この程度か?」


男は冷や汗をかきながらも、さらに力を込めて押し込もうとするがびくともしない


「は、離せ!」


男が動揺した隙を狙って、○○は鳩尾に強烈な蹴りを叩き込んだ


ドゴッ!


鈍い音が廃工場内に響き渡ると同時に、男は白目を剥いて倒れた


○「やり過ぎたんだよ…テメェらは」


「こ、こいつ強えぞ!お前らやれ!」


男たちは次々と○○に向かって飛びかかる


しかし、そこからは一方的な戦いだった


男たちの拳や蹴りはもちろん、武器での攻撃でさえ、まるですり抜けるように○○に当たらない


一人ずつ確実に仕留められていくその光景は、もはやリンチではなく処刑だった


ものの数分で、立っているのは○○とリーダー格の男一人だけになっていた



「ば、化け物かよ…」


○「テメェが大将だな…」


○○は冷たい目のまま男に詰め寄る


追い詰められた男はドスを取り出すと、その切っ先を絵梨花に向けた


「く、来るんじゃねえ!この女がどうなってもいいのか!」


絵梨花は恐怖で言葉が出ず、目を瞑って震えていた


○「…やってみろよ」


そんな絵梨花の様子を見て、○○は一歩も引かぬ姿勢を見せる


○「そいつは俺の女だ!傷一つでも付けやがったら、テメェの命はねえぞ?」


人質を取り有利な状況にもかかわらず、男の身体は震えていた


本能的に察したのであろう


目の前にいる男は、決して敵に回してはいけない相手だったと



○「どうした?やるならさっさとしろよ。その代わり…それがテメェの最期だ」


閻魔でさえ睨み殺すのではないかと思える鋭い眼光に、男は恐怖を感じていた


ドスを地面に落とすと、その場で跪いた


「す、すいませんでした…!勘弁して下さい…!」


額が地面に付くほどの土下座であり、男にもう先程までの勢いはなかった



○○はその男を一瞥すると、絵梨花にゆっくりと近寄っていき、縄を解いていく


○「…無事か?」


生「…うん」


必死で堪えていたのだろう、絵梨花の大きな瞳は涙でいっぱいになっていた


○「ごめんな、怖い思いさせちまって…」


そんな○○の顔を見た途端、堪えきれなくなったのか絵梨花は号泣してしまった


生「怖かった…怖かったよ…」


○○はそんな絵梨花の頭を、何も言わず優しく撫で続ける



すると、工場内に何人かの男たちが入って来た


「若!大丈夫ですか!」


○○が工場に突入する前に呼んでおいた設楽組の組員たちだった


自分に何かあった時のための保険だったが、どうやら杞憂だったようだ


○「おう、こいつら連れて行け」


「はい!」


組員たちは倒れている男たちを連れて工場を出て行く


すると、組員の一人が○○に言った


「あちらは若のご学友で?」


言われた方向を見ると、そこには勇紀と麻衣が立っていた



○「お前らなんでここに…?」


日「さくらちゃんが教えてくれたんだ。○○が一人で助けに行ったって」


○「さくらが…」


麻「本当無茶するんだから…心配するこっちの身にもなってよね」


○「…悪かった。みんなにも心配掛けちまったな」


日「それより、さっきの人たちって…」


麻「"若"って言ってたけど…どういう関係なの?」



○「…ああ、お前らには話さなくちゃな」


○○はそう言って服を脱ぎ捨て、勇紀たちに背中を向ける


日「えっ…」


麻「うそ…」


生「……」

そこには、背中一面に描かれた龍の刺青があった



○○は自嘲気味に笑いながら話し始める


○「俺の親父はヤクザの組長でよ…組を引き継ぐための条件が、"高校を卒業すること"」


○「初めは高校なんて行って何になるんだって思ってた。ヤクザなんか喧嘩さえ強ければいいだろって」


○「でも、高校に入って初めてダチができた。絵梨花や勇紀、白石さんみたいに、対等に付き合ってくれるダチが」


○○は三人に優しい笑顔を向ける


○「俺それが凄え嬉しくてさ。今までは俺や組の力に取り入ろうとする奴らばっかだったから…」


○「宿泊学習やバスケとかいっぱい楽しいことを知れたし、人の痛みを知ることができた。…お前らのおかげで俺は変われたんだ」



○「…黙ってて悪かった。許してくれなんて言わねえ。俺を軽蔑してくれてもいい」


そう言って、○○は三人の方に向き直る


三人は何も言わずに俯いていた


○「そうだよな、もう俺なんかとは関わりたくもないよな…」


○○は寂しげな笑みを浮かべながら黙り込んでしまう



しばらく沈黙が続いた後、勇紀がその口を開いた


日「…もっと早く言ってほしかった。一人で抱え込んで苦しむくらいなら、もっと頼ってほしかった…」


勇紀は声を震わせながら、吐き出すように言った


麻「まったくだよ…本当に世話が焼けるんだから…」


麻衣も涙を流しながら笑顔を見せる


生「……」


絵梨花はまだ黙っていたが、その目からは涙がとめどなく溢れている



○「お前ら…怒ってないのか?」


勇紀と麻衣は顔を見合わせると、悪戯っぽく笑いながら答えた


日「怒ってないわけないじゃん!今まで散々隠しやがって!」


麻「隠しごとはもう無し!これからはみんなで楽しい思い出作ろ!」


○「二人とも…」


麻「それじゃ、後は絵梨花とゆっくり話すこと!先生には上手く言っといてあげるから」


○「ああ…ありがとう」


日「っていうか、これ俺たちも怒られるよね?」


麻「今はいいのよ!本当空気読めないんだから!」


日「なんだよそれ!」


二人は軽口を叩き合いながら、工場を後にした




○「…絵梨花」


生「私ね…知ってたんだ」


絵梨花はゆっくりと話し始める


生「なぁちゃんから聞いてたの、『○○には秘密がある。いつかそれを自分から話せる日まで待ってあげてほしい』って」


○「七瀬が…」


生「だからこうなった時、『あぁ、そういうことだったんだ』って、一人で納得しちゃった…」


○「…黙ってて悪かった」


生「ううん、いいの。それに、嬉しかったから…」


○「嬉しかった?」


生「うん。『そいつは俺の女だ!』って、あんな状況なのにキュンときちゃった」


○「あ、あれは…つい」



絵梨花は優しく微笑むと、○○の方に向き直り真っ直ぐな目をしながら言った

生「…私ね、○○が好き。ヤクザだとか、将来がどうとか関係ない。ただ…あなたが好き」



その瞬間、○○の中で何かが弾けたような気がした


○○はしばし逡巡した後、決心したように口を開く



○「俺も…絵梨花が好きだ。立場とか関係なく、お前が好きなんだ」



生「嬉しい…ありがとう」


絵梨花は涙を浮かべながら微笑むと、ゆっくりと○○に向かって歩み寄った


そして、二人の唇が重なろうとした時、○○がそれを制止した



生「○○…?」


○「お前ら…気付かねえとでも思ったか?」


○○は工場の入り口の方に顔を向けてそう言った


生「えっ?」


絵梨花が振り向くと、そこには気まずそうに顔を覗かせている勇紀と麻衣の姿があった


麻「き、気付いてたの?」


○「俺が気付かねえわけねえだろ?」


勇紀は少しバツが悪そうに笑いながら言った


日「いや…二人がいい雰囲気だったからさ、邪魔しちゃ悪いかなって思って…」


そんな言い訳をする勇紀の背中を○○はバシッと叩いた


○「だったら覗くな!」


日「痛った!○○力強過ぎ!」



そんな三人のやりとりを見ていた絵梨花は、堪えきれずに吹き出した


生「ふふっ…あははは!」


○「…ふっ」


日・麻「ははは…」


四人はしばらく笑い合った後、みんなで学校に戻ることにしたのだった


もちろん、衛藤を含む先生たちにこっぴどく叱られたのは言うまでもない

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