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とある若頭の高校生活③


衛「…体調の方はおそらくもう大丈夫かと思いますが、念のためご家庭でも様子を見てあげてください」


宿泊学習が終わった日の夜、〇〇の担任の衛藤から報告の電話があった


統「分かりました、ありがとうございます。ええ、今後も息子をよろしくお願いします」


そう言って電話を切った


〇〇の実の父親であり『設楽組』の組長を務める男、設楽統、46歳


人は彼を、裏社会の"皇帝"と呼ぶ


今回はそんな彼に焦点を当てた話である


統「あいつが友達のために…か、ついこの前までじゃ考えられないな。やっぱり高校に行かせたのは正解だったか」


学校生活を通して成長する我が子の話を聞き、統も自身の高校時代を思い出していた


机の上に置いてある写真


そこには、まだ産まれて間もない〇〇を抱えた一人の女性の姿がある


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統「進路ねぇ、正直まだ何も決まってないんだよな…」


若き日の設楽統、高校3年生、17歳



進路希望調査のプリントが未提出で、担任から親と相談して早く提出するように言われていた


統「そんなこと言われてもなぁ……特にやりたいこともないし、親父もお袋も、落ちこぼれの俺の進路になんて興味ないだろうしな」


優秀な兄と姉と違い、何もかも平凡な統に対しては親もあまり関心を持っていなかった


統「はぁ…とりあえず今日はもう帰るか…」



「…もう一度考え直してみない?あなたなら国公立や難関私立でも十分合格出来ると思うんだけど…」


声がする方を見ると、担任と話している女子生徒がいた


統(あいつは確か……橋本だっけ)


話を聞くからに、彼女も進路の話をしているようだ


統(っていうか暑くないのか?)


もう7月になるというのに、彼女はずっと長袖の冬服を着ている


奈「すみません、もう決めたことなので」


橋本はそう言うと教室を後にした


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統(あいつ…今日来なかったな)


橋本は次の日学校を休んだ


「誰か、橋本さんの家にプリント届けに行ってくれる人いない?」


誰も面倒くさがって手を挙げないことから、クラスに友達はほとんどいないらしい


整った顔立ちなのにどこか暗い目をした、そんな彼女の事が何やら気になっていたからだろうか、統は気付いたら手を挙げていた



統(なんで話したこともないやつの家にプリント届けに行ってるんだろうなぁ)


彼女の家までの道中でそんなことを考えていた


統「ここがあいつの家か」


担任から伝えられた住所を見る限り、橋本が住んでいるアパートで間違いなさそうだ


橋本の部屋の前まで行くと、中からなにやら物音や声が聞こえてくる


統は気にせずインターホンを押した


統「…あれ?」


中から声がするため人がいるのは間違いないが、誰も出てこない


もう一度インターホンを押してみるが、やっぱり誰も出てこない


統「なんでだ?人、いるよな?」


ドアノブを回してみると鍵が開いていたため、統はドアを開けた


統「すいませーん、奈々未さんのクラスメイトの設楽ですけ…ど」


ドアを開けると、衝撃的な光景が広がっていた



そこには、体格の良い男に殴られ、うずくまる橋本の姿があった


近くで横たわっているのはおそらく母親だろう


じゃあこいつは…父親?それにしては若いか?


いや考えてる場合じゃない、統は勢いに任せて叫んでいた


統「おい!何やってんだ!」


「あ?誰だてめえは?」


統「橋本のクラスメイトの設楽だ!」


「クラスメイトぉ?いきなりしゃしゃり出て来やがって、てめえもやられても文句は言えねえよなあ?」


統「そんな余裕は無いと思うぞ?この部屋に入って来る前に警察に通報した。まあ俺も勝手に入って来たんだが、この状況を見たら捕まるのはどっちの方だと思う?」


「何!?くそ、面倒なことしやがって!」


男は統を突き飛ばし、


「設楽って言ったか?…俺は岡田。本職に舐めた真似したらどうなるか、思い知らせてやるよ」


そう言い残し男は部屋から出て行った



統「…嘘だっての、警察呼ぶ余裕なんかあるかよ」


統は橋本の元に駆け寄った


統「おい、大丈夫か?」


奈「同じクラスの設楽くん?どうしてここに…?」


統「今日休んだから、担任がプリント届けに行けってさ。俺部活も入ってないし、暇だったから」


奈「そうだったんだ…」


統「あいつは?」


奈「取り立てだよ。うちね、借金があるんだ」


父親が病気で亡くなってから生活が苦しくなり、ついには暴利の闇金に手を出してしまったらしい



奈「あいつは毎日のように取り立てに来るんだけど、もちろん毎回払えるお金なんてない。そういう時にはこうやって暴力を振るわれるの」


統「まじかよ…」


橋本がいつも長袖を着ていたのは、男にやられて出来た痣を隠すためであった


奈「助けてくれてありがとう。でも気を付けて、もしかしたら次はあなたが狙われるかもしれない」


統「…かもな。橋本も気を付けろよ」


統はプリントを渡し、橋本の家を後にした



まさか本当にあいつが仕返しに来るなんて、この時は思ってなかった


ただの高校生にそこまでするほど、暇じゃないだろうって


でも、それはとんだ思い違いだったんだ


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それから一週間ほど経ったある日、統は橋本と一緒に帰っていた


あれ以来、岡田は一度も家には来ていないらしい


統「お前遅刻多過ぎだろ。そういえば前から遅れて来てた気がするわ」


奈「うるさいなぁ… 朝弱いのよ」


気が合ったのか、二人はあの一件以来すぐに仲良くなっていた



その時、一台のワンボックスが統たちの行く手を阻んだ


「よう、楽しそうじゃねえか… 設楽」


橋「あんたは…!」


そこには、岡田が数人の男たちと共にいた


統「(くっ、この人数はやべえ…)橋本!お前だけでも逃げろ!」


橋「でも…」


統「いいから早く!」


橋「…ごめん!」



しかし男たちは去って行く橋本には目もくれなかった



岡「今回はあの女に用はねえよ」


統「なるほど…あくまで狙いは俺ってわけか… ぐあぁっ!」


統は、いつの間にか背後にいた男にスタンガンで気絶させられ、車に積み込まれた


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統「…ここは?」


岡「ようやくお目覚めか?設楽」


周りを見るに、ここはヤクザの事務所のようだ


岡「ここならいくら声出しても漏れないし、誰も助けになんて来ねえ」


統「…俺をどうする気だ?」


岡「安心しろ、ヤクザっていうのは利己的でな、金にならない殺しはしねえよ。けどヤクザを舐めた罰だ、少々痛い目に合ってもらうぜ」


平凡な高校生が、それもスタンガンを浴びて身体に力の入らない状態でヤクザに敵うはずもなく、岡田によって一方的に殴られる統


岡「どうした?口だけか!?」


しかし、どれだけ殴られても統は音を上げなかった


岡「ちっ、しぶとい野郎だ。おい、土下座してワビ入れろ。そんで俺のとこに100万持ってこい!そしたら勘弁してやる」


統「…そんな金あるかよ。あったとしても、お前なんかに払う金はねえ」


統の目は逸らすことなく岡田を睨み付けていた


岡「てめえ…何だその目は?まだやられ足りないみてえだな…」


岡田は近くにあった木刀を手に取り、統に向けて振りかぶった


さすがの統も目を瞑ってしまう


しかし、いつまで経ってもその木刀が振り下ろされることはなかった



「そこらへんにしねぇか…昇」


統が目を開けると、威圧感のある一人の男が振り下ろされる前の木刀を掴んでいた


岡「こ、今野組長… どうしてここに?」


今「…事務所の周りをうろついてるお嬢ちゃんがいたんでな」


今野の後ろには、橋本の姿があった


統「橋本…!」


今「…そんなことより昇、お前組の掟を忘れたわけじゃねえだろう?」


岡「あ、いや…」


今「堅気に迷惑掛けんなって、常日頃から言ってるだろうが!」


今野によって殴り飛ばされる岡田


控えめに見ても50歳以上であろう男が、一回り以上体格の良い岡田を一発で吹っ飛ばす光景は衝撃的だった


今「この馬鹿野郎が…」


統「す、すげえ…」



今「兄ちゃん、この馬鹿がすまなかったな。事情はあのお嬢ちゃんから聞いた。若いのに大した気合だ」


この人との出会いが、平凡だった俺の人生を変えた


この今野って組長は曲がった事が嫌いな昔気質のヤクザで、凄く男気のある人だった


なぜか俺たちのことを気に入ってくれて、それ以来凄く良くしてくれた


今野組長は結婚していないため、


今「まるで子供が出来たみたいだな!」


って俺と橋本を本当の子供みたいに可愛がってくれた


親の愛情をあまり受けて来なかった俺にとって、それが本当に嬉しかった


驚いたのは、橋本の家の借金を全額肩代わりし、それどころか大学にまで行かせてくれたことだ


もちろん橋本は断ったが、


今「ジジイの自己満足だよ。昇が迷惑掛けた。あんな馬鹿でも、組員は皆俺の息子みたいなもんなんだ」


と言って、大学の学費などを援助してくれた


俺も漠然とした気持ちで進学するつもりだったが、今野組長の男気に魅了され、どうしてもこの人の元で働きたいと思い進学をやめた


当然家族には猛反対されたが、俺がどうしても引かなかったため家族からは勘当を言い渡された


元々落ちこぼれの俺のことはあまり関心がなかったみたいだし、丁度良い機会だと思って家を出た


家族に勘当されて家を出たってことを組長に伝えたら、口では怒っていたがきつく抱きしめてくれた



奈々未には、それから少しして俺から告白した


他人の不幸が大好きで、喧嘩で顔を腫らした俺を見ていつも笑っていたが、それ以上に他人の幸せは一緒になって喜んでくれるやつだった


そんな奈々未と一緒にいる時間が本当に心地良かった


組の仕事も落ち着いてきて、奈々未と俺は28歳の時に結婚し、その翌年には子供も産まれた


ヤクザという職業柄、綺麗なことばかりではなかったが、荒んだ心が家族といると洗われていく気がして、俺はそんな幸せを噛み締めていた



それから1年後、奈々未は30歳という若さでこの世を去った


道路に飛び出した子供を庇ってトラックに轢かれ、即死だったそうだ


「…最期までななみんらしかったね」


彼女は奈々未の大学時代の友人の深川麻衣


現在私立高校で教員をしていて、持ち前の性格の良さと親身な指導が評価され、30歳にして学年主任を務めている

統「…あぁ、そうだな」


深「設楽くんにも本当にお世話になったね」


統「あぁ、結婚詐欺で騙された時の話?」


深「ちょっと!それ言わないでよ〜」


深川は性格が良過ぎて数年前結婚詐欺に遭い、奈々未に頼まれ、組の力を使って男を捕まえて金を取り返したという出来事があった



統「…深川、一つ頼み事してもいいか?」


深「頼み事?」


統「俺はヤクザだから、どうしても普通の愛情っていうものを〇〇に与えてあげられないかもしれない」


統「あいつがデカくなって、悪い方へ行ってしまいそうになったら、深川の学校で面倒を見てやってくれないか?」


深「…分かった。その時〇〇くんを受け入れられる環境を作れるように私も頑張るね」


二人は約束を交わした



俺はその後、今野組長の協力のもと設楽組を立ち上げ、その組長となった


今野組長は数年前に病気で亡くなったが、俺はあの人から受けた大きな恩と愛情を絶対に忘れることはない


深川はそれからも熱心に教育に励み、数年後には異例の早さで校長となった


そして〇〇を本当に高校に受け入れてくれた


統(…約束を守ってくれてありがとう。おかげで〇〇は変わりつつあるよ)



「何考えてたんだ?組長」


統「二人の時は組長はやめろって言ってるだろ、昇」


そう、あの岡田昇と統は、あれから少しして五分の兄弟分になった


ヤクザの世界に入って右も左も分からなかった俺に、色々教えてくれたのがこの岡田だった


出会った頃はシノギが上手くいかずにひねくれてしまっていたが、元々は同じように今野組長に憧れて入って来た男で、そんな俺たちが意気投合するのに時間は掛からなかった


本来なら年上で組に入ったのも早い岡田が兄貴分だが、岡田たっての希望で五分の盃を交わすことになった


今では若頭補佐として、〇〇をサポートしてしてくれている



統「ちょっと昔を思い出してな」


岡「…あの時のことか」


統「ああ、後にも先にもあんなにボコボコにされたのはあれが最後だからな」


岡「我ながらあの頃はどうかしてたと思ってる。本当に悪かった」


統「なんてな、もう気にしてねえよ。とっくにその分の借りは働きで返してもらったさ」


事実、設楽組の結成以来、岡田は身体を張って組に貢献していた



統「…なあ昇、奈々未は〇〇までヤクザになったことを怒ってると思うか?」


岡「…前までの若は、昔の俺みたいにただ有り余る力を振りかざすだけの、どうしようもないチンピラだった。だけど今、若は少しずつ成長してる。例え何になろうと、成長した息子の姿を見て怒るような人じゃないだろう?」


統「…それもそうだな」



岡「…まずい、嫁から鬼のように連絡来てた。早く帰らねえとキレられる」


統「ははは、さすがの兄弟も奥さんには頭が上がらねえか」


岡「お前のとこもそうだっただろうが!…それじゃ、俺は帰るぜ」



統「…兄弟!」


部屋を出て行こうとしていた岡田は振り返る


統「うちがここまで大きくなったのは間違いなく兄弟のおかげだ。〇〇のことといい、本当に感謝してる」


岡「…何今さら水臭いこと言ってんだ。兄弟分ってのはそういうもんだろ。死ぬまで、いや、地獄まで付き合うぜ、兄弟」


組の土台を作った男たちは、改めてその絆の深さを再確認したのだった

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