見出し画像

夜の待ち人

もうこれで君とお別れなんて
僕は肩をよじらせながら
耳の奥で君の声を聴いている。

夜の路上の真っ暗な奥から
明かりを灯したバスが
微かな振動とともに僕らのまえにやってくる。

 淡い沈黙のときがエンジン音にかき消され
 車中を流れている。

     *

君が窓辺の席に腰かけて
ガラス越しに町を見ていたり、
僕が通路側のシートに腰を下ろし
君を見ていたりしているバスは
夜に光を放つ。

 酔いどれ、チンピラ、居眠りの勤め人、
 処置なしの車掌になった気分だ。

     *

 客待ちのタクシーはエンジンを暖めて
 じっと賃走の時を待っている。

もうこれで君とお別れ、
夜の道路上でひとり、
僕はタクシーの列に近づき少し腰を屈めて
後部座席の灰色に閉ざされたガラス越しに
いぶかしげな運転手に向けてそっと
片手を上げた。
           (1996年)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?