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一宮圭様@夢見るギニョール展〜髭とサーカス〜

一宮圭様の「金魚姫」さん。2023年にギニョール様で行われた夢見るギニョール展にて。



ひとめで惹きつけられる美しさと華やかさが際立つディスプレイ。ぽやっとした表情が可愛らしい。

髪型も衣装も華やかでかわいい。

歩けなさそうな足がたまらなかった



芸を披露するでもなく美しい存在自体がお客を集める金魚姫さん、サーカスの団員としては異質かもしれないけど、浮世離れした存在感は目を惹いた。



「サーカス内で産まれた彼女は美しい娘でしたが、生まれ付き歩けません。言葉も持ちません。頭も弱いです。だから何も出来ません。ただただ水槽の中で金魚の様に漂って微笑んでいます。そんな彼女をお客は愛してそして何度も逢いに来ます。」(キャプションより引用)



こういう存在に憧れ続けていたことを思い出した。何もできない、何もしない、ただいるだけで人が集まる、愛される。お気遣いとか、役に立つとか立たないとか、男とか女とか、全てを超越しているというか、その次元じゃないともいえる。いるだけでいい。いるだけで価値が生まれる。

常に役に立たなきゃとか、私がいることでメリットを生まなくちゃ居場所がないとか、嫌な思いをさせたら嫌われちゃうとか。そういう考えに支配されがちな私は、ただいるだけのかわいいだけのお人形さんに羨望を抱いた。嫉妬することもあった。
そして実際にお人形さんはいるだけで私を救っている。これについてはまた今度書こうと思う。

一宮様のお人形さん、お顔がすごく美しくて見ているだけでも幸せなのに、お人形さんが紡ぐストーリーが毎回とても素敵で、いつまでもお人形さんとお話しできる。


「金魚姫」さんは私が憧れたお人形像そのものだった。何もできない彼女はその美しさでお客を集めている。頭も弱い、歩けない金魚姫さんはもしかしたら異形のものなのかもしれないが、美しいことに変わりはない。

金魚姫さんに会いに来るお客の求めているものは何なのだろうか。何もできない金魚姫さんに対する庇護欲か。単純に美しいものを見たいだけかもしれないな。

楽しい楽しいサーカスの空間は、そのうちに畳まれてまた違うどこかでその光を灯す。その儚さも含めての煌めきなのだ。金魚姫さん、またどこかで会えるといいな。

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