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チョコミント味の炭酸は人生の味だった



コンビニでチョコミント味の炭酸飲料を見つけた。

それはコンビニで売られているにしては少し安く、またミントグリーンに真っ赤な唇のイラストのパッケージが些かそのチープさを際立たせていた。


たまたまチョコミントに目がない知人との森への散歩からの帰宅途中だったわたしは、彼の肩を叩きそのペットボトルを指さした。

彼は半笑いでそれを手に取り、そのままレジへと向かった。彼は二時間ほどの運転の後であり、さらに二時間の運転を控えていたが、彼の瞳はいつも通り真っすぐな急カーブを描いていた。アイスでいいじゃん、とつぶやくわたしに、僕はウイスキーをポケットに入れて歩きたい、と返していた。彼は酒が飲めない。

車に乗り少し経つと、彼は先ほど買ったジュースをなくしていた。結局リュックサックに入っていた。ポケットじゃないのかよ。しかし彼はそういう人間である。


彼がその蓋に手をかけた。プシュッという爽やかな音。チョコミントのにおいがする~と綻んだ表情はその液体を飲み込む音とともに硬直した。


飲んでみて。


ミントと炭酸が可もなく不可もなくのどを通る。なるほど香りこそチョコミントであれど味はかなりミントに寄っているようであった。


その刹那、突然チョコレートの香りがわたしの顔面に張り付く感覚器官をおおよそ覆った。口に残ったミントのほのかな清涼感を、甘ったるい匂いが追いかける。

たとえるなら、チョコレートは駅伝で目の前で繰り上げスタートを切られた選手であった。あとわずかな距離。空を切るたすきと執念が観衆の視線と鼻と口を占拠した。


この後双方の口から持てる限りの語彙を用いた比喩が飛び交った。


「名前が思い出せない同級生みたいな味です」


「突然説教を始めた見慣れない副顧問に抱く感情みたいな味」


「洗脳された人への最終通告ですね」


「これなら許されるだろうという怠慢と諦めを感じる」


「合コンで策略と下着が丸見えの女の子みたいな味です」


「何でわかってるのに騙されてしまうんですかねえ」


彼はそうぼやいていた。彼の過去は知らない。しかし彼はそういう人間である。彼の唯一の友人は、彼の元カノたちを百鬼夜行と比喩していた。


「買ってしまいましたねえ」


そう言った彼の表情に気づく。


ミントの苦みと追いつけない甘ったるい匂いに、将来の展望すらを見る。

それは二時間体育座りをして乗り切った音楽室のにおいに少し似ていたし、初めて彼に借りた気持ちの悪い古小説の表紙は確かにミントグリーンの色をしていた。


彼はこれをコンビニで買う人間であり、私はもらった一口で千字を超える日記を書くような人間であった。


「この飲み物って、歩んできた人生によって味が変わるらしいですよ」


「炭酸が抜けて温くなる前に飲み切らなければ、いよいよ収拾がつきませんねえ」


彼はいつも通り気怠そうであった。しかしどこか楽しそうでもあった。


メジャーな商品より少し安く、チープなパッケージに隠された液体はわざとらしく化学的な青色をしていた。

彼の舌は私とは違う味を感じ取っていたのかもしれなかった。

口の中はまだ甘かった。同じ青色じゃないことを願ったから、明日も会うことにした。


















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