【毒】の自覚

「やい覚えておけ、オノレのnoteは思索なんかじゃね、ただの言い訳なんじゃ、それが現実で正解なんじゃ、おとといきやがれ」と夢のなかで談志に啖呵を切られたので7時間しか眠れなかった。
 あらら、リアルでもダメ出しが出たとこなんで再提出することにする。
 さて何が足りないのだろう? おそらくオノレの切開がされてないのが不味いのだろう、ということでもう少しオノレの内面を抉ってみる。

 さていつものようにnoteのタイムラインをつらつらと眺めていた。ふと目についたnoteに反応した。なくなってしまった今となってはそのnoteを正確にトレースすることができない。が、今記憶しているものが、ワタシの内面に遺っているものなので問題ないだろう。
 
 社会のなかでイライラする、上手くいかない、将来が不安である、ジレンマがある、こんなことでもがいているときの特効薬は談志の言葉である。
「現実は正解なんだ、時代が悪いの、世の中がおかしいの云ったところで仕方がない」(談志)

 といった内容の短いnoteだった。
 このnoteを書いた彼は実際に具体的に上手くいかなかったということが、後でわかった。
 ワタシが何故、一度の投稿では字数制限されるほどの長いコメントを躊躇なく投稿したのか。それほど反応したのか。
 ワタシもまた社会のなかでイライラし、上手くいってなかったからに違いない。しかも質の悪いことにそのことに気づいていない。イライラしていることを心の奥底へ隠匿しているに違いない。つまりそれが誰かのいう【毒】として蓄積されているのだおる。その【毒】への自覚がないまま、彼のnoteに反応した。

 だいたい毒多などというHNを採択しながら、オノレの【毒】に自覚がないなど言語道断ではないか。まあいい

 でも彼を攻撃するほど非常識でもなく、というわけで【毒】攻撃の矛先は談志の言葉に向かった。これに関しては直前のnoteでこれでもかというほど叩いているので省略する。
 が、この叩き方も異常すぎる。否定すれば否定するほど怪しいではないか。ほんとうは、談志の言葉が正しいと思っているのではないか?その裏返しの異様な嫌悪を吐き出しているのか。

「現実は正解なんだ、時代が悪いの、世の中がおかしいの云ったところで仕方がない」(談志)

 この言葉をみたとき、実は、時代や世の中のせいにせずに現実を突き抜けた人が浮かんだ。
 ガンジーであり、イエスであり、理不尽な虐殺を受けながら言葉を尽くすことで敵を許した東チモールの民であり、ハンセン病で幽閉された「あん」の徳江さんでありetc,、、有名でなくても現実を見つめ突き抜ける人は市井にも多くいるだろう。こういう人たちにとっては「正しい」言葉なのかもしれない、つまりワタシにとっても「正しい言葉」であっていいわけだ。
 にもかかわらず、否定した。これは【毒】の隠匿を正当化するという心理だろう。いずれにしろ、ワタシ自身の問題である。意図しなかったが彼を巻き込んでしまったことには違いない。悪いことをした。すみませんでした。

 ワタシは「勝ち組」といったようなこの世的な成功に魅力を感じていない。「勝ち組」的な地位や財産を目指し実際に得た知人友人も少なくないのだが、話してみても面白くない。だからそこに向う努力はやめた。つまらなく感じた。
 彼のnoteに戻る。(彼が精神的病で苦しんでいると知る前のnote)
 ワタシはそのnoteを、この世の「勝ち組」的価値にむかうためのイライラだと感じ取り、談志の言葉もそれを後押しするものだと判断した。もしくはそうではないことを彼と確認したかった。
 どこかで自分を確認するためのワタシなりのストーリーを作っていた。それが独善で一方的な押し付けにならないようにと気をつけもした。それが甘かった。自覚のない【毒】が吐露したのだろう。彼は【毒】にやられた。

 ワタシのなかの【毒】は、この世的価値を押し付けられることで生成されている。「成功めざして頑張れよ」と言う奴の毒。
その毒をさらに自らの毒を調合して吐露することもやはり【毒】。
 自ら蓄積した【毒】を自覚し浄化して言葉にするようにしようと思う。

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