積読の地層

仕事などで忙しく、読書感想がなかなか書けずに、駄文に近いものを書き継いでいる。ヴァージニア・ウルフ氏は『自分ひとりの部屋』で女性が自立するためには個室と一定金額のお金が必要だと指摘していたけれど、これは現代人にも当てはまる気がします。特に子育てと仕事があると、精神的な「自分ひとりの部屋」はなかなか失われていく。

寝かしつけた子どもの横でこのnoteを開く。引用してみたい本も開けず、頭の中に浮かんだ言葉を書き留める。私は私ひとりの部屋にはいないけれど、それでも書き継ぐ。

さてさて、そうこうして浮かび上がる話は今回、積読のことでした。

これまた時間がないと、たまに立ち寄れた書店でまとめて本を買い、週末受け取りで自宅に配送する。その結果、ある時は積読の数が20冊ほどになる。

ひと月に読むペースは20冊が限界。なので、どれほど早く読んでも、最後の一冊を読むのは1ヶ月先です。しかも、その合間にも、少し立ち寄れた駅のミニ書店で文庫を買い足したり、古本をネットで買ったり。積読は重なっていく。

平積みした積読の山は、まるで地層に見えます。新しい本が増えると、以前に買った本は圧縮され、深く沈んでいく。でも、背表紙のタイトルは見える。地層というより断層でしょうか。

積読の地層を、読んではいない。読んではいないけれど、その本と本の隙間から、背表紙の断層から、にじみでてくる何かを感じる。新しい本が重なってなかなか読まれない下層の本が、訴えかけてくるものがある。漏れ出てくる水脈がある。

そうした知的エネルギーを得ることもまた、読書の楽しみであるような気がします。

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