韓国美女とわさびの味

その日、急に降って湧いた仕事で終電を逃して帰れなくなった僕。

その夜は会社の隣の駅のホステルに泊まることにした。

急遽予約したホステルに23時過ぎに到着。とりあえず自分のベッドに荷物を下ろし、食べる暇のなかった夕食をとる為にホステルの飲食スペースへ向かった。

そこには日本人は少なく、いろんな国の人が思い思いの過ごし方をしていた。

Bluetoothのイヤフォンで音楽を聴きながら、サンドイッチを頬張る180cm越えのアフリカ系のいかつい男性。

スマホでひたすら観光スポットを検索しているロシア系の20代カップル。

そして一番隅のテーブルで眉間にしわを寄せながらインスタント焼きそばのビニール包装を外している、黒髪で綺麗な目をしたアジア系の女性が目に入った。

とりあえずぼくはその斜め向かいの椅子におもむろに腰を下ろした。彼女の年齢はおそらく20代半ばくらいだろうか。

ぼくがセブンイレブンで買った鮭のおにぎりをぱくつきながら缶ビールを飲んでいると、彼女は不器用そうに焼きそばのカップに電気ポットでお湯を注ぎながら、なぜかちょっと不満そうにカップ麺のフタを眺めていた。

ぼくは何の気なしに彼女に話しかけてみた。

「どこから来たんですか?」

「韓国から。でも明日帰るんです」イントネーションには若干の違和感があるけど、思いのほか流暢な日本語が返ってきた。

「そうなんだ。日本の焼きそば好き?」

「はい。でも今日は間違えてわさび味の焼きそば買ってしまって。わたし日本のわさびの辛さはどうも苦手」

「へえ。勝手な思い込みかもしれないけど、韓国の人はみんな辛いのに強いと思ってた」

「もちろん辛いのは平気。でも日本のわさびの辛さと韓国の食べ物の辛さ、ちょっと違う」

「あ、なるほど」

「キムチの辛さは舌にくるけど、わさびの辛さは鼻にくる。食べると涙が出て呼吸ができなくなる」

「なんか申し訳ないけど面白いね笑。ぼくにとっては韓国の本場のキムチの辛さの方が我慢できないくらい辛く感じるけど。もしかして韓国の人はみんなわさびが苦手なの?」

「みんなではないかも。でも友だちも苦手な人多い。だからみんなお寿司は好きだけど、全部わさび抜きで食べる」

彼女はそういいながら、3分経った焼きそばを湯切りしにすぐ目の前のキッチンのシンクに向かう。

その後もぼくは彼女と食べ物に関するたわいもない会話をしながら、焼きそばを頬張っている彼女を横目に、ビールを2缶ほど空けてから自分のベッドで眠りについた。

今まで辛さに種類があること、また国による味覚の感じ方の違いをちゃんと意識していなかった僕には、ちょっと彼女のとの会話が新鮮に感じた。そのせいか、わさびの味でやけに潤んだ彼女の綺麗な切れ長の目が、しばらく脳裏に焼きついていた。

そんな平日火曜の24時。

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