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コロナ禍の見えざる苦労。どうやって守っていく?感染対策と組織運営。

コロナ渦の大学病院で行っていたのは、感染対策だけではありません。病院の経営を維持し続けること、学生へ教育を提供すること、どれも欠かせないものです。

何を優先に遂行し、何を制限するのか。どのような決断をするにも、病院や大学、地域などへの影響を考慮する必要があります。獨協医科大学ではどのように方針を決め、運営してきたのでしょうか。

平田副学長、福田学生部長、志水教授に、当時抱えていた葛藤や実際に取り組んできたことをお聞きしました。

《プロフィール》

■平田幸一先生
獨協医科大学 副学長
<今回お話いただいた内容>組織運営、感染対策などについて         ■福田宏嗣先生
獨協医科大学 学生部長  心臓・血管外科学講座 主任教授
<今回お話いただいた内容>コロナ渦の学生生活、教育などについて    ■志水太郎先生
獨協医科大学  臨床研修センター副センター長 総合診療医学講座 主任教授
<今回お話いただいた内容>医師、現場目線、学生とのコミュニケーションなどについて       

■新型コロナウイルスへの印象と当時の動きは?


――コロナ渦で、病院経営をしながら学生に教育の機会を提供し続けるのはとても大変だったと思います。2020年の4月に初めて緊急事態宣言が出て、社会が大きく変化しました。当時の新型コロナウイルスへの印象を教えてください。

平田

平田:
新型コロナウイルスについては、「よくわからない」というのが率直な印象でした。「単なる風邪」「インフルエンザがひどくなった状態」など、解釈も様々でしたしね。しかし、実際に罹患した患者さんを目の当たりにして、震えあがりました。

一人目の患者さんは、横浜に入港したクルーズ船・ダイヤモンドプリンセス号に乗船していた方です。軽症だと聞いていたのですが、運び込まれたときにはすでに低酸素状態になっていました。その後、時間を追うごとに症状が悪化していく様子を見て、恐ろしさを実感しました。この病気が広がっていったらどうなってしまうのだろう、と不安でしたね。

――はじめは何もわからない状態ですよね。病院経営にも影響はありましたか。

平田:
病院への風評被害がありました。「獨協医科大学に新型コロナウイルスの感染者が運び込まれたらしい」と噂になってしまい、外来の患者さんが減ってしまいました。

また、将来的な面での懸念もありました。もし新型コロナウイルスに感染した方が複数人出たら、病棟を閉鎖する必要があります。そうなると、経営には大打撃です。とはいえ、どうすれば新型コロナウイルスの感染拡大を抑えられるのかわからず、手も足も出ないような状況でした。

うちは大学もあるので、学生に対してのケアや授業の進め方などについても考えなければとは思っていたのですが、病院経営で頭がいっぱいになってしまい、教育まで手が回らなかったです。

いまとなっては患者さんも戻ってきていますし、国から補助金が出るようになり、経営的な心配をしなくて済むようになりました。しかし、当時は金銭面での補助がある見込みもなかったので、病院ごと経営破綻してしまうのでは……と恐怖を感じていました。

――とても苦労されたんですね。過去にも対応に苦労した経験はお持ちだと思うのですが、やはり新型コロナウイルスの対応の難しさは他とは違うものですか。

平田:
新型コロナウイルスは、時間が経てばどうにかなるものではありません。その点が他の災害や病気との大きな違いでした。

たとえば、東日本大震災はとても大きな損害がありましたが、少しずつ復旧が進み元の生活に戻りつつあります。

また、獨協医科大学病院でも、過去にノロウイルス感染が拡大してしまい、大変な思いをしたことがあります。しかし、その時も正しい対応をしていれば良くなるのが目に見えていました。

新型コロナウイルスの場合は、「いずれ良くなる」時期がいつになるか見当がつかないため対応が難しかったですね。

――先が見えなくても、いまを守らなくてはならない状況は苦しいですよね。志水先生、新型コロナウイルスが流行し始めた頃の病棟の様子はいかがでしたか。

志水

志水:
臨時の会議が何度も開かれていました。新型コロナウイルスはどれくらい重症化するかわからず、得体の知れないものを相手にしているような感覚でしたね。

院内に恐れや混乱の感情があったことは確かです。もともと免疫不全の患者さんがいる環境で、新型コロナウイルスの対策も並行して行うことへのプレッシャーを感じていたのでしょうね。

とはいえ、新型コロナウイルスの患者さんを断るわけにもいきません。「やるしかない」と腹をくくり、対応を行っていました。

そんな混乱の最中でも素晴らしかったのは、初期研修医の働きです。新型コロナウイルスの患者さんにも、冷静に対処してくれていました。肝が据わっているなと感じましたね。

――葛藤や混乱がありながらも、乗り越えてきたわけですね。平田先生、病院や大学としての方針はどのように決めていたのですか。

平田:
簡単には決められなかったですね。

うちは病院と大学が繋がっています。その点が学びの面ではメリットとなりますが、感染制御するにはリスクになります。免疫不全の患者さんがいる病棟にウイルスが入ってしまう可能性もあるため、様々な懸念を踏まえて対応策を立てるのに苦慮しました。

有難かったのは、上層部の方が非常に協力的であったことです。一部が大反対して方針が定まらないなどの問題が起きてもおかしくないのですが、そうしたこともなく、上手く意見を交わしてもっともよい方向性を見出していくことができました。


■新型コロナウイルスの流行による授業への影響は?

――新型コロナウイルスウイルス対策を講じることにより、大学の授業にはどのような影響がありましたか。

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福田:
当初は、授業への影響は小さかったですね。というのも、ちょうど2月頃は大学が春休みになっていたからです。

4月の新学期になってからは大変でした。オンライン化に向けて動くようになったものの、誰も経験したことのない取り組みです。学生も教員も試行錯誤の毎日で、様々な混乱が生まれていました。

たとえば、環境要因によるトラブルです。今でこそ通信環境が整っている家庭がほとんどですが、当時はインターネットを引いておらずパソコンではなく携帯から授業に参加する学生もいました。そのため、音声が途切れたり、通信容量がオーバーしてまともに授業を観れなかったり、といった問題が起きていましたね。

――授業のオンライン化にあたっては、どのような準備をしたのですか。

福田:
教務課が3月の終わりから準備をしてくれていました。どのシステムを使うか、講義資料をどう送るかなどを議論し準備を進めました。そのため、比較的スムーズにオンライン授業を導入できていました。

実際にオンライン授業が始まってからは、出席をどう取るかなどの新たな問題が発生しながらも、逐一解決していきながら徐々に慣れていきました。いまでは「アーカイブを自由な時間に観られる」「何回でも観られる」と好評です。

■学生とのコミュニケーションはどのように取っていた?

――大学がお休みになる期間に準備を進めていたわけですね。志水先生は、コロナ渦で学生と接していてどのような印象を持ちましたか。

志水2

志水:
彼らは不安に感じていたと思うのですが、獨協医科大学の学生は過度に過敏にならずに順応していた印象でした。電話で話すなど、徐々に対面でない関わり方を持ち始めているようでしたね。

大きな組織なので情報が伝わりづらい面があるのですが、そのおかげで新型コロナウイルス対策で緊迫していた現場の雰囲気が伝わらなかったのはよかったです。

学生から不安や不満の声もゼロではなかったと思いますが、大騒ぎなどにはならず教員としてはとても助かりました。

――有事だからこそ、落ち着いた雰囲気を持つ獨協医科大学の良さが出たのでしょうね。福田先生は学生へのメッセージの伝え方に関してどのように感じていましたか。

福田:
大学として何を優先するかが明確でしたね。大学の教育関係の会議では、「まずは命を優先し、大学病院を守り、教育機会を提供する」を大方針として決断をしていました。

大勢の患者さんを抱える獨協医科大学病院は、栃木のなかで最後の砦のような存在です。そのため、命を守ることは大前提として、まず病院を死守することが重要です。学生にも「感染しないこと、人に感染させないような行動を取ること」といったメッセージをくり返し伝えていました。

懲罰を与えるよりも、納得して協力してもらうのが大切だと考えていため、学生から要望を聞いたり、メッセージを伝え続けたりといった地道な活動を通して全体の統率も取れていきました。

とはいえ、学生の数も多く新型コロナウイルスへの考え方も様々であるため、全然対策をしない人もいれば細かに対策している人もいるなど、分断が生まれる場面もありました。それでもコミュニケーションを取り続けたことで、なんとかやってこれたのだと思います。

――なるほど。志水先生は、学生とのコミュニケーションで印象に残っている取り組みはありますか。

志水:
下田先生が感染対策に関するメッセージを繰り返し送っていたことです。とても真似できないようなレベルで、大変勉強になりました。

僕のところには毎月6人研修医が来ますが、その6人に感染対策について語ったところで、その効果は全体でみるととても小さなものです。一方で、だれかひとりの感染をきっかけとして、全体に感染が広がっていく可能性もあります。

こうした集団の特性を踏まえると、全体に向かって徹底的に一つのメッセージを送り続けるのはとても重要だと思います。とくに獨協医科大学という集団は考え方も年齢もバラつきがあるため、より一貫したメッセージを浸透させることが重要になります。

今回の下田先生の取り組みからは、集団に向けたコミュニケーションとして徹底する大切さを学びました。

一方で、情報を送り続けても届かない層もいます。LINEは見るけどメールは見ない学生もいるので。そういった場面では、学生の中に存在している隣組のようなネットワークに、僕がお邪魔して情報共有をしていました。しかし、この方法だと全体には行き渡らせるには不十分なので、やはり全体にメッセージを伝え続けるのが大前提になると思います。

■実習や外部見学への影響は?

――なるほど。一度送って終わりではなくて、繰り返しメッセージを送り続けるのは大切ですよね。福田先生、実習や外部への見学で苦労したことはありますか。

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福田:
2020年の夏休みに、5~6人ほどの学生の感染者が出た影響で実習が全て中止になったことです。世間ではGoToトラベルなどが始まった時期でもあり、学生たちも少し気が緩んでいて、食事に出かけていたんですよね。その結果、学生から感染者が出てしまったのです。

学生の感染を機に、大学としての対策はより万全を期したものになりました。それまでは栃木では感染者が少なかったのもあり、獨協医科大学では7月頃から対面授業を行っていたのですが、すぐにオンラインに切り替えています。また、コミュニケーションの機会を設け、情報をこまめに伝えることを徹底し、学校が再開する際には1年生から6年生まで全員呼び出し注意事項を伝えました。

学生たちも自分なりに考えて対策に取り組んでくれるようになったため、以降感染者は出ていません。彼らにとっては「自分たちの仲間が感染した」事実により、今一度感染対策への意識を高めるきっかけになったようです。一方で、病院実習は医師になる前に最低限やっておきたいところなので、実習ができないことを不安に感じていただろうと思います。

外部への見学については、感染対策のため許可していなかった時期もありました。そのため、今の6年生は外部見学の機会がとても少なかったのです。それでも学生からは見学の希望が多数上がっており、実習を休まないと行けないような状況でした。そのため、実習を休んで見学に行く許可を出すなどして、できるだけ見学に行けるようにサポートしました。

とはいえ、ウイルスを持ち込んでもらっては困るので、「できるだけ人と接しないように」「食事も孤食で」など、感染対策に関する細かい約束事を出して見学に行ってもらうようにしていました。

――実習や外部見学の機会の提供と感染対策を両立する難しさがあったのですね。志水先生はいかがですか。外部見学について、学生から声はあがっていましたか。

志水:
学生は「できることをやろう」と割り切って行動していた印象です。

僕の元には実習で学生が来るので、国家試験やマッチングのことを自分なりにオリエンテーションしていました。そのなかで言っていたのが、「獨協医科大学病院をよく見なさい」ということです。 獨協医科大学の内部の学生はあまり気づいてないですけど、様々な魅力がある病院です。

学生は外部見学に行けないと不安に感じるかもしれませんが、実際に見学行けないことが不利に働いているとは言い切れないとも思います。

現に、今年の獨協医科大学の入職者はひとりも見学に来ていませんし、いま面接している方も見学に来ていないです。では、どうしていたかというと、うちの大学では見学の代わりにオンラインで話す機会を設けていました。「獨協医科大学病院はどのような方針で運営しているのか」「あなたはどんなことを学びたいのか」などのテーマで話す機会を持ったところ、好評でした。この機会を経て入職してくださった方は、とても獨協医科大学にフィットしている印象があります。

外部見学で実際に働いているところを見ると、安心感が得られる気持ちも理解できます。一方で、見学では実働5~6時間ほどの表面的なことしかわからないものです。そのため、大切なのは見学に行った事実ではなく、自分が研修に何を求めているかを明確にすることだと思っています。

■コロナ渦以降の動きを振り返って

――ありがとうございます。平田先生、全体を振り返って獨協医科大学のコロナ渦での動きで良かった点はどこにありますか。

平田2

平田:
上層部のどの方も、自分のポジションを守るためではなく学生さんたちのことを考えて行動していたことです。彼らがどういうことに困っているかなどを踏まえ、会議で様々な意見を出しあって対策を立てることができていました。どこを許可し、どこを抑制するかで激論になってもおかしくないのですが、そうしたぶつかり合いもありませんでした。

そもそも、「絶対自分の意見が正しい」など強く自己主張する方があまりいません。診療部長と呼ばれるような上層部の方であっても、相手の意見をお互いに尊重しているのでうまくいってるのではないかと思います。

また、新型コロナウイルスの患者さんへの対応についても、はじめのころに比べると自信を持てるようになりました。

獨協医科大学は新型コロナウイルスで100人の患者さんが入院しました。そのうち、実際に新型コロナウイルスのみが原因で亡くなった方は一人だけでした。つまり、亡くなった方はほとんど元々持っていた基礎疾患が原因で亡くなっているのです。

そのため、必要な治療ができていれば、新型コロナウイルスの患者さんでもほとんど亡くなることはないという確信を持てるようになりました。昨年の雲をつかむような状態を鑑みれば、ここまで持ってくることができて本当に良かったです。

志水:
今回の感染対策において、教授会や診療部長会で見事な統率が取れているのを目にして先生方が学生の事を大切に思っていることを実感しました。お互いに見えない信頼関係で繋がっているからこそ、連携が取れていたのだと思います。

大きな組織なので多少の混乱は生まれてしまうものですが、大きな混乱は一度も起きませんでした。平田病院長・窪田病院長の采配は素晴らしかったと思います。

福田:
やはり、大学としての方針に基づいた対策をしていたことで、獨協医科大学が今まで無事にいられたのだと思っています。

個人的には、規制が厳しすぎるのではないかとも思ったのですが、結果として大きなクラスターも発生せず病院が稼働できているのは、厳然たる事実なわけです。多くの先生やスタッフが共有して頑張ってきた結果がそこに出ていると思います。

もし何かひとつ緩めていれば、病院の縮小を検討せざるを得なくなったり、大学の休講期間が長引いたりしたかもしれません。そう思うと、厳しい規制をしながら感染対策に取り組んできたことは間違いではなかったのだと思います。


■withコロナ時代に向けて、どう動いていく?

――新型コロナウイルスの感染者数は減少してきていますが、今後もしばらく付き合っていくことになると思います。今後の動きや規制の解除に向け、どのように動いていく予定ですか。

平田2

平田:
新型コロナウイルス対策のグループとして、COVID-19対策ワーキンググループというものがあり、そこで規制解除の方法を考えています。

今後、規制を全面解除する方法については考え切れていないのですが、着実な方法で進めたいです。すでにオンラインから対面授業にするなど、段階的な規制の解除ができているので様子を見ながら今後の方針を決めていきたいですね。

福田:
ワクチン接種も進んできているので、規制を緩めながらサークル活動なども徐々に広げていきたいですね。おそらくここ2年ほどの期間は学生にとってとてもストレスの多い期間だったと思います。とくに新入生は、入学してからほぼ交流がないままですからね。

大学では勉学に励んでもらうのは大前提ですが、人との付き合いや大学生活での経験も、とこの先に活きる大切なことだと思います。世の中の情勢を見ながら、今後は人との繋がりも持てるように規制を解除していければと思っています。

■獨協医科大学の学生へ伝えたいことは?

――獨協医科大学の学生に向けて、何かメッセージをいただけますか。

志水3

志水:
学生は本当に大変だったと思います。たとえば、当時の2年生は解剖実習ができていなかったです。先日、補足の解剖学実習に僕も関わらせてもらったのですが、コロナ渦前と比べると時間の使い方に変化があると感じました。時間が有り余っているように見られてしまいますが、意外にそうではないんですよね。

この2年ほどの期間は人生を考え直す機会にはなった、と前向きに捉えることもできると思います。これからは徐々に規制が解除されていくと思うので、時間を大切に有意義な学生生活を過ごしてもらえればと思います。

福田:
今はZoomやteamsなどの情報会議システムなどを通して、コミュニケーションを取ることができるようになりました。しかし、対面で話をしたり、触れ合ったり、五感で何かを感じるような機会とはどこか違う部分があると思います。

そのため、今後はより一層人と交流してほしいですね。生の交流を通して様々な話を聞き、ぜひ自分を成長させてください。飲み会などもその一部ですね。僕も混ざりたいです。入れてくれるかは分からないですけどね(笑)。

平田:
新型コロナウイルスをきっかけに、今まで当たり前だったことが当たり前ではなくなったことは、とても嫌なことではあります。しかし、とても貴重な体験だったともいえます。

普通に喋って、普通に食事をする。こうした当たり前のことができなくなってはじめて、それがどんなに愛しいことかに気づく機会にもなったのではないでしょうか。

交流が制限されているなかでも、一緒にいてくれた学生や先生たちがいた事実は、この先とても大きな宝物になるはずです。ぜひ大切にしてほしいですね。

――素敵なメッセージをありがとうございます。コロナ渦で先生方が大変な思いをしながらここまで乗り越えてきたことを知り、背筋が伸びる思いでした。本日はお集まりいただき、ありがとうございました。

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