第三開『甘い』散りそこね ねん
たばこを吸っていた。
いた、というのは、禁煙をしたからだ。
たばこを吸うと言うと眉を顰められることが多くて、窮屈なので次第に喫煙者とばかり付き合うようになった。女だからというのもあるのだろうけどそれをゆるしてくれる人はあまり多くはなくて、もともと狭かった交友の輪はさらに狭くなった。あんなん何がいいの、と言われるけど、自分でもよく分からない。ストレス発散と言えばそうなのかもしれない。なんとなく吸ってしまうのが良くないと分かってはいるけど、吸い込んだ罪悪感が薄い背徳感になって空に溶けるのが心地よくて、やめられなかった。
禁煙をしたのはありがちだけど恋人にそう言われたからで、だからやめることにした。彼もたばこをゆるしてくれていた人の1人だったけど、ただの友人ではなくなったことが彼にそう言わせたのなら、喜ぶべきことだと思った。そのとき箱にはまだ数本残っていて、それを吸いきったらやめようと思っていた。思ってはいた。日に吸うのは1,2本だったけど、吸うたび軽くなっていく箱が悲しくて、悲しいと思うことが悲しくて、たばこが減ることが悲しいのはたばこが彼より大事だと認めているようで、そんな思いを抱えるのがつらくなった。
ある夜、衝動的に道路脇の用水路に残りのたばこをすべて捨てた。罪悪感はただの水蒸気に変わって夜空に消えていく。ぼうっと自分の吐く息を眺めていたら、その間を縫って星が流れた。流星群の日だった。
苦い記憶は、これから彼との思い出に変わるのだろうか。星に願うことすらおこがましい甘えた考えをぶらさげて、しばらくひとりでそうしていた。
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