第二開『空』.原井
「空」という字を「から」と読めば、これは「なにもない、からっぽ」という意味です。英語でいうならemptyですね。
からっぽから無限が作り出せる。そんなふうな言われたら、どう思いますか? 「なにもない」と「限りなくある」の間はとても遠く感じますね。ところが、ある道具を使えば、それは可能になるのです。
その道具とは、集合です。高校の数学で学習するので、ぼんやりと覚えている人もいると思います。からっぽから無限を作り出す準備として、まずは集合についての基本的なことがらを確認しておきたいと思います。
読んで字のとおり、「何かの集まり」のことを集合といいます。たとえば、
・17, 26, 31からなる集合
・1桁の奇数の集合
・3の倍数全体の集合
などがあります(17, 26, 31は順に川柳・俳句、都々逸、短歌の音数)。集合の“中身”のことを、集合の要素、または元と呼びます。
集合は、中括弧を使って表します。上の3つの例だと、順に、
・{17, 26, 31}
・{1, 3, 5, 7, 9}
・{3, 6, 9, 12, 15, ...}(要素の数に限りがない場合、このように「...」を使って表します)
と書けるということです。
ひとつの集合の中にダブっている要素がある場合、その要素は区別をしません。
{3, 5, 6, 6, 7, 10, 10, 10, 13}
という集合は、
{3, 5, 6, 7, 10, 13}
という集合と同じものだとみなすのです。
ある集合は、別の集合の要素になることができます。次の集合を見てください。
{1, 3, {5}}
さて、この集合の要素は何でしょうか。
1, 3という数、そして{5}という集合が、{1, 3, {5}}という集合の要素になっています。イメージとしては、パソコンにファイルを保存するときに、フォルダの中に別のフォルダが入っている状態を思い浮かべると分かりやすいでしょうか。
いまは”数と集合が要素になっている集合”を例として挙げましたが、”複数の集合が要素になっている集合”もありえます。
{{2, 3, 5, 7, 11, 13,...}, {1, 4, 9, 16, 25,...}}
この集合の要素は? ……そう、{2, 3, 5, 7, 11, 13,...}という集合と、{1, 4, 9, 16, 25,...}という集合ですね。(これらはどんな数の集合と言えるでしょうか。考えてみてください)
それから、次の集合を見てください。
{1, 2, 3, {1, 2}}
一見、1と2という要素がダブっているように感じられるかもしれませんが、全体の大きな集合に別の小さな集合が属している場合、大きな集合の要素と小さな集合の要素は、ダブりとしてはカウントしません。入っている箱が違う、と考えるのです。先ほどのフォルダ分けの喩えで言えば、同じ名前のファイルやフォルダを同じフォルダに複数保存することはできなくても、フォルダの中に別のフォルダを作れば、その中と外には同名のファイルやフォルダを保存できることと似ています。
さて、それではいよいよ、「からっぽから無限を作る」ことにとりかかりましょう。
要素が何もない空っぽの集合、これを空(くう)集合といいます。からっぽの集合なので、
{ }
このように書きます。
先ほど確認したように、ある集合は別の集合の要素になることができます。すると、
{{ }}
こんな集合が作れますね。空集合を要素にもつ集合です。「からっぽの箱が入った箱」をイメージしてもらえると、わかりやすいかもしれません。
さらに、上のふたつの集合から、こんな集合も作れます。
{ { }, {{ }} }
「空っぽの箱と、空っぽの箱が入った箱、が入った箱」ですね。
この次は、どんな「箱」を作ればいいでしょうか。そうです。「”空っぽの箱”と、”空っぽの箱が入った箱”と、”空っぽの箱と、空っぽの箱が入った箱、が入った箱”が入った箱」と作ればよいのです。この後も、同様にして、
{ { }, {{ }}, { { }, {{ }} } }
{ { }, {{ }}, { { }, {{ }} }, { { }, {{ }}, {{ }, {{ }}} } }
...
というように、ひとつ前の操作でできた集合を次の集合の要素にして、どんどん新しい集合を生み出していくことができます。どこかでおしまい、ということがありません。無限に作れます。
(後半になるにつれて記号が見づらくなってしまいますが、実際に手を動かしてノートやメモ帳に書いてみてください。規則性がはっきりわかるとともに、何をしているか、理解が深まるはずです)
いかがでしょうか。こうして、からっぽから無限を作り出すことができました。
最初はただのからっぽ、何もなかったはずのところから、気づけば無限に続く何かが生まれてきている。自然科学に対してこういう比喩を用いるのは数学に失礼かもしれませんが、まるで魔法みたいで、わくわくします。
たまには、空(そら)を見上げたついでに空(くう)集合を思い出して、無限に思いを馳せてみてください。楽しいですよ。
……ところで、こうして作った「無限に続く何か」は、最初の空集合から順番に、規則正しく並んでいますよね。ならば、別の「最初から規則正しく並んでいる何か」と1対1に対応づけることが可能なはずです。1, 2, 3, 4, 5, ...というふうに。そう、実は、先ほど見た空集合からスタートして規則正しい入れ子の列を作ったことは、「自然数を作った」とも言えるのです。
でも、ちょっと待ってください。いま、「無限の何か」を何気なく1, 2, 3, 4, 5, ...という自然数と対応させたわけですが、「最初から規則正しく並んでいるもの」というなら、たとえば2, 4, 6, 8, 10, ...という偶数や、5, 10, 15, 20, 25, ...という5の倍数だって同じように対応させられるはずです。
私たちの感覚としては、偶数の数は自然数の半分ですし、5の倍数の数は自然数の1/5です。ところがそのいずれもが、同じ「無限の何か」と1対1に対応づけることができてしまうのです。いったい、どういうことなのでしょうか……?
これは無限の濃度と呼ばれる考え方に繋がっていくのですが、それはまた、別のお話。
【参考文献】
『浜村渚の計算ノート 6さつめ パピルスよ、永遠に』
(2015, 青柳碧人, 講談社)
『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』
(2009, 結城浩, SBクリエイティブ)
『総合的研究 数学I+A (高校総合的研究)』
(2012, 長岡亮介, 旺文社)
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