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(加筆修正)エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」   第9回サー・ネヴィル・マリナー指揮シュツットガルト放送交響楽団1986年



エッセイ「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」
第9回
サー・ネヴィル・マリナー指揮 シュツットガルト放送交響楽団 来日公演
1986年



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⒈    サー・ネヴィル・マリナー指揮 シュツットガルト放送交響楽団 来日公演1986年


公演スケジュール

11月
16日 茅ヶ崎
17日 東京
18日 松戸
19日 弘前
21日 秋田
23日 中新田町
24日 山形
25日 日立
26日 名古屋
28日 島根
29日 尼崎

30日
大阪 ザ・シンフォニーホール
バルトーク 管弦楽のための協奏曲
ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番
ピアノ:クリスティアン・ツァハリアス
レスピーギ 交響詩『ローマの松』

12月
1日 京都
2日 東京
3日 郡山


ネヴィル・マリナーについてはアカデミー室内管弦楽団とのバロック名曲の数々と、映画『アマデウス』のサウンドトラックの演奏者、というイメージが強かったが、正直それほど好きな指揮者ではなかった。
だから、この時の、サー・ネヴィル・マリナー指揮シュツットガルト放送交響楽団来日公演(1986年)に、どうして行こうと思ったのか、よく思い出せなかったのだが、演奏曲目をみて思い出した。当時は大学生だったが、母校の高校吹奏楽部の後輩の練習を指導しに行っていた。その頃、後輩が演奏会で取り組んでいたのが、今回の公演演目であるレスピーギ『ローマの松』だったのだ。
練習を指導しながら自分もホルンのパート譜を吹いてみて、すっかりこの曲に惚れ込んだ。管弦楽曲の代表的な一曲である『ローマの松』だが、まだ日本では録音が多くはなかった。ましてや、生演奏で聴ける機会もあまりなかった。カラヤンとベルリン・フィルが来日した時の演奏曲目でもあったのだが、これはプラチナチケットであり、筆者には聴きに行くことは無理だった。
そんなわけで、比較的安価に『ローマの松』の生演奏を聴ける貴重な機会だと思って、このコンサートに行くことにしたのだった。

大して期待せずに行ったこのコンサートは、結果的に、とても収穫が多く聴きごたえのあるものだった。
初めて見たマリナーの指揮ぶりは、アカデミー室内管弦楽団とのバロック曲の演奏をFMで聴いていたイメージとは違って、とてもダイナミックであり、しかも丁寧なオケ・コントロールをしているのに感心させられた。
まず、一曲目のバルトーク「管弦楽のための協奏曲」、通称「オケコン」については、この時まで聴いたこともなく存在も知らなかった。マリナーの指揮で聴いて、作品自体にも、演奏にもすっかり魅了された。「オケコン」は現代のオーケストラ曲の代表的な一曲なのだが、筆者が予備知識のないまま生演奏で聴いて、たちまち惹きつけられたのは楽曲の持つ力だろう。
次に、ピアノのクリスティアン・ツァハリアス独奏によるベートーヴェン「ピアノ協奏曲第4番」。これもこの時初めて聴いたのだが、こちらも気に入り、それ以来大好きな曲になった。それまでベートーヴェンのピアノ協奏曲は、第5番「皇帝」しか聴いたことがなかったし、ピアノ協奏曲を熱心に聞くリスナーでもなかった。しかし、この時聴いたベートーヴェンの4番をとても魅力的に感じて、それからはいろんなピアニストでピアノ協奏曲を聴き比べるようになった。
ツァハリアスというピアニストもこの時初めて知ったのだが、当時若手だったこの人、最近調べてみると指揮者としても活躍している。


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⒉  レスピーギの交響詩『ローマの松』実演を聴いて


最後に、本命の『ローマの松』を聴いた。特に、第3曲「ジャニコロの松」での鳥の声と、第4曲「アッビア街道の松」でのバンダ(別働隊の金管楽器)とオルガンが、音響的にも視覚的にも非常に楽しみだった。会場がザ・シンフォニーホールなので、オルガンは本物のパイプオルガンで聴ける。これは大阪在住のクラシックファンにとって、とても嬉しい変化だ。このホールができるまで、旧・大阪フェスティバルホールでもどこでも大ホールにパイプオルガンはなかった。だから、オルガン付きの楽曲は、電子オルガンでしか演奏できなかったのだ。
というより、ザ・シンフォニーホールができるまでは、クラシック専用のコンサートホールがなかった。そもそも、大きなホールでパイプオルガンは聴けなかったのだ。日本では、パイプオルガンを聴こうと思えば大きな教会に行くしかなかった。そんなわけで、日本で最初のパイプオルガン設置のクラシック専用ホールが、大阪にできたのは本当にありがたかった。
しかも、このホールは、シューボックス型とワインヤード型の折衷のようなデザインで、ステージがバルコニー席で囲まれている。だから、バンダがバルコニー上から吹奏すれば、聴衆は立体的な音響に包まれる体験をすることになる。

さて、マリナーの指揮は『ローマの松』でも冴え渡り、キビキビとして引き締まった素晴らしい演奏だった。シュツットガルト放送交響楽団は、それまで特に好きな楽団ではなかったが、チェリビダッケが指揮していたことや、カール・シューリヒトとの名演があることは知っていた。正直さほど期待していなかっただけに、ものすごいポテンシャルの高さとテクニックのすごさに圧倒された。公演パンフレットにも書いてあったが、当時の西ドイツの各州にある放送オーケストラの実力の高さは、FM放送などでも聴いたことがあったが、その実物としてのシュツットガルト放送交響楽団は、本当に見事なアンサンブルだった。なんと、この公演が初来日だったのだ。


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土居豊:作家・文芸ソムリエ。近刊 『司馬遼太郎『翔ぶが如く』読解 西郷隆盛という虚像』(関西学院大学出版会) https://www.amazon.co.jp/dp/4862832679/