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大久保 元 永の【仏弟子ひと言】

25年以上におよぶ経営コンサルタントとしての知見と在家の仏弟子としても活動する「大久保元永の眼」で感じたことを綴っていきます。
経営者のこころのゆとりの一隅を照らすお役に立てれば幸いです。


いまを活き切る

いま、この一瞬をいききる。
自らを活かし切り、生き切る。
一瞬を積み重ねる生き方は、爽快で充実して、何より清々しいものである。
雨天あり、曇天あり、そうして晴天に感謝する。
雨天・曇天を知らずに晴天の素晴らしさを知ることはできない。

苦は殊に非ず、常と心得るべし

生きることは苦の連続であって、その一瞬に楽がくる。
苦の一瞬を味わうからこそ、楽の一瞬がひと際だって感じられる。
自分だけが不運で辛苦の上に身をおいているのではなく、平等に辛苦は訪れ
故に愉悦も平等に訪れる。


苦のなかの幸せを感じる


當麻寺 金堂にて 癸卯 立春


一瞬を大切に過ごしていると、
その一瞬、一瞬のなかに辛苦・愉悦のあることを覚えます。
たとえ、身の上が苦であっても、一瞬の愉悦に満たされることがあります。
それが人生なのだと思います。
楽に在る苦を感じるのではなく、苦に居る楽を感じる。


現代は便利に、安易に偏り過ぎている時代に思えてなりません。その偏りのなかの不便さや至難さに不平不満を口にし、まことに騒がしい時代です。
時代としては、中期的な時間軸で言えば70年ほど、短期的な時間軸でいうなら5年ほどではないでしょうか。
価値観や感覚が大きく変化し、それまで通用していたものがまるで通用しません。悲しい時代と言っても過言ではないように思えます。


感謝は不便や至難のなかにあるからこそ湧き出る感情であり、
だからこそ、ありがたいと感じれるものです。
わたしは、そんな世の中にこそ身を置きたいと感じます。
ちなみに、諸説ありますが、ありがたいとの言葉には、有ることさえ難しい、その中に有る、そのあることへの感謝の表れだと言います。


その感謝を忘れることなく、日々、一瞬を活き切りたいと思います。


合掌

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