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2023/12/1

本を読んでいてふと思い出してしまった。
自分の通っていた保育園でバザーがあり、そこそこお気に入りだったプラスチックの弁当箱を出品したんだが、最後の最後まで売れ残ってしまった。
多分悲しい顔でもしてたんだろう。親が買い取ってその日は持ち帰ったんだった。
どうして売れ残ったのか。それは私が出した品物だからではないのか。単に誰も気にいる人がいなかったのか。

これは今もそうだが、積極的に関わりを持ちたいと思われる人間ではない。寧ろ疎外感を覚えることの方が多かった。
若かった頃はそれを相手方のせいにばかりしていたけど、少なからず自分のせいもあったと振り返る。
都合のいいおつむをしているので、自分に不都合なことは大体覚えていない。というか忘れないと辛くて生きていけない。

小学校低学年までは豚舎のすぐ近くに住んでいたので、洗濯物から布団から何から何まで全部糞尿の臭いが染み付いていたけど、私が周りから煙たがられていたのはそれだけではないだろう。
小学校高学年の頃、転校するのが面倒だったのでただ一人バス通学をしていたけど、本数があまりにも少なくて、たまに帰りは同級生の保護者に車で送って貰っていた。その同級生の女の子は全然仲が良かった訳ではなく、なんなら真正面から嫌いと言われたことがあった。でも一緒に車に乗ったりはしていた。
中学二年生に上がった頃、小学校の頃から仲が良かったと思っていた女の子から物凄く嫌われた。部活が一緒だったが忽ち居場所がなくなりサボりがちになる。また、クラスでも今でいう下位カーストに属するようになり、居心地が悪くて学校には行ったり行かなかったりするようになった。
なんで嫌われたんだろう。理由はわからない。嫌いなやつに理由を言ってやる義理もないだろうし。

高校生からはわりと楽しい日々だったように思う。自分で行きたい学校を選んだのが大きい。
ただそれでもまだ人を嫌ったり嫌われたり、感情の起伏の激しい日々は、暫くというか二十代の終わりまで続いた。
男女間の腫れた惚れたは別として、良好な人間関係をずっと続けられたケースが少ない。いい加減自分に理由があると思うようになった。
言葉足らずのくせにすぐ感情的になり、そして粘着質で僻みっぽい。そんなやつに誰が関りたいと思うんだ。

まだ連絡先を知っている小学校の同級生に気まぐれに連絡してみたら、いつのまにか結婚していて来年出産するらしい。
夢が現かわからないけど、小学校の校舎にいるクラスメイト全員から怒鳴られ罵倒された記憶がある。多分、夢だと思うんだけど。それぐらい小学校も楽しくなかったというイメージが残っているのかもしれない。
ただ彼女は、当時通っていたピアノ教室の窓から、大きな声で私の名前を呼んで手を振ってくれたことがある。嫌われてはなかったんだろう。
その後進学するにつれ、とくべつ親しくすることもなかったけど、二十歳の同窓会で気負うことなく話し掛けられた数少ないひとりだ。私が新宿で開いた三十路の誕生日パーティーにもきてくれた。
か細いながらも、うっすらと続いているのが嬉しい。邪魔にならない程度に、たまに連絡したい。次は予定日の頃にならLINEしてもいいだろうか。

小学校や中学校の頃の、自分の印象について聞きたいけど怖くて出来ない。
いい加減中年に差し掛かってるこの年齢でも、10代のトラウマは未だに引きずっている。囚われてるから、ここまでそこそこの時間を掛けて考えてるわりには、どうしたら正解だったのか未だに答えが出ない。だから性格は悪いままなんじゃないか。
人に優しくしたいけど、心の貧しさからすぐにひねくれてしまう。人に優しくされたことはあるのに、自分はうまくできない。悪いことしたなって思ってるのに、行動にうつせない。

これから成長していく子供への接し方だって、考えなければならない。
自分には似ないで旦那に似て欲しいけど、一緒に過ごすなかで少なからず影響はあるだろう。
幼少期の親の発言力は絶大だし家の中がすべてだったと、自分のすごく古い記憶を呼び起こしてみる。両親は間違いだらけだったし、あれが一般的な家庭ではないと今だから思えるけど、小さい頃はあの狭い世界で生きていくしかなかった。その世界の中では、私は両親のことが好きだった。

息子が喋るようになったら大好きだと言って欲しいし、出来ることはなるべくしてあげたいけど、私が親であることで息子が惨めな思いをしてしまうんじゃないかと怖い。
沢山お金がある訳でもないし、他のお母さんより綺麗でもないし、愛情表現に溢れている訳でもない。
いつか「他の家に生まれたかった」と言われる日が来るんじゃないだろうか。自分がそうだったように。
例え本気でも、本気じゃなかったとしても、言われたときに瞬間湯沸かし器にならないように気をつけないといけない。親という立場に胡座をかいてはいけない。
いま息子である君に、かなり救われている。だからどんな悪態をつかれたってそうそう嫌いになんてなれない。そういう気持ちを言葉で、感謝を行動であらわせるようになりたい。きっと、あと数年のうちには

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