恵まれた時代で恵まれず

 現代社会は恵まれている、とよく言われる。しかし、環境に恵まれているからこそ、個人に何らかの欠点があり、恵まれていない状況にある場合、そのギャップの分だけ苦しみは大きい。アトピーは、その典型である。
 現代には化粧品がたくさんある。髪形や服装も自由で、ほとんどの人がおしゃれを楽しむことができる。しかし、その裏でルッキズムという容姿差別が猛威を奮っていることは、紛れもない事実である。
 ことアトピー患者は、これらの化粧品、ヘアスタイル、ファッションの選択によってごまかすことのできない問題を抱えている。ボロボロの皮膚、無尽蔵に溢れるフケ、出血による服の汚れなど。また、これらに加え、痛みと痒みのストレスにより、心身の健康を崩すこともある。実際、アトピー患者は、そうでない人に比べて鬱病になる確率が高いことが分かっている。

 体温が上がると痒みが出るので、運動することのハードルも高い。常人に勝るストレスを解消するために、暴飲暴食に陥ることもある。
 私がそうだ。こうなると当然、肥満にもなり、したがって、容姿の面で常人に大きく劣ることとなり、またヘアスタイルやファッションの選択肢も狭まり、周囲からはブサイクの烙印を捺されることになる。その烈しさは、美容が当然の条件として要求される現代社会、特に上流社会において、特に甚だしい。
 アトピー患者の苦悩はそれだけではない。当事者に何ら責任はないのにも関わらず、事故や他の病気と異なり、憐れむ人がいないどころか、むしろ疎まれ蔑まれることだ。この点は、脱毛症などいろいろなことに当てはまるだろう。
 断言するが、不潔なのは私ではなく、私の身体なのだ。私は清潔でいたいと心から願っているが、私の身体がそれを承服しないのだ。
 憐れんでくれるのは、精々、親くらいなもので、それにしても、症状を改善しようとあれこれ薬品を試されたり、体や頭を掻いてはならないなど、日常の細々としたことについても注意されるので、それが自己を否定されているようでまた辛いのである。
 病院で貰う薬も効いたり効かなかったりする。効いたとしても、副作用があると打ち明けられて、気が重くなったりする。診療にかかる時間もお金も薬品代も決して安くはない。そんな多大なる努力と犠牲を支払ってまでして手に入るのが常人以下の容姿と幸福なのであるから、実にこの世界は素晴らしい。
 恵まれた人間は、このような恵まれない人間の実情を知らず、知ろうともしない。それで自分勝手な価値観を作り上げては、それにそぐわないものを徹底的に貶し辱めるのである。今日もどこかで、何の非もなく恵まれなかった人間の魂が、無数の人間の心の中で、静に処刑台にかけられているのである。

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