第10話| すれちがうときの匂い
夕方、お父さんと散歩に行った。お父さんは一人でも行けるんだけど、時々僕を誘う。
知らない道を歩くのは楽しい。大人になったら知らない大陸を探検する人になろうかな。お母さんは反対しそうだ。反対されればされるほど、なっちゃうかも。今日は知ってる道だけど、歩いてる人はたいてい知らない人だから、まあ新しい道みたいなもんだ。どっかで花火大会でもあるらしい。ゆかた着たおねえさんたちとすれちがう。すれちがう時、なんか、いい匂いがする。
いつも行く喫茶店に寄った。お父さんはコーヒーで、僕はサイダー。トマトジュースと思ったでしょ。ちがいました! ここに来るとお父さんはお店の人と楽しそうにおしゃべりする。僕は二人を放っといて、サイダーで正法眼蔵を読む。
自己をはこびて万法(まんぽう)を修証(しゅしょう)するを迷とす。万法すすみて自己を修証するはさとりなり。
これはなんとなくわかる。でも一応、ダザイに確かめよう。ねえダザイ、これってなに?
自分からすすんでものの道理を究めようとしてる時は迷いの時だ。
そうなの?
迷いながらすすんでいくと、全然ちがう瞬間が訪れることがある。自分のほうに向ってものの道理がやってきて、一挙に視界が開けるみたいな瞬間。それが、さとりだ。
でもさ、おかしいよ。
なにがおかしい?
なんで「自分からすすんで道理を究める」のが迷いなんだ? ねえお父さん、なんで?
急にお父さんに振っても、お父さん困るだろう。
聞いてないし... お店のおねえさんにきこうかな。あの、すみません!
おねえさんも知らないと思うよ、メニューに載ってないのは。
今度メニューに入れてほしいな。しょーがない、ダザイにきくか。
どうしてしょーがないんだ?
だって、ダザイは正解を言うに決まってるもん。
ダザイのメモリーにまちがったことは記憶されてない。
でしょ?少しまちがおうよ。
それはできない。
ダザイ、今度ナツメ先生のとこに行かない?
誰?
ダザイを面白くしてくれる先生。
面白くする? ラーメン来たよ。
やった。
ラーメンも注文したのか?
うん。
ていうか、この喫茶店、ラーメンあるのか。
(つづく)
挿し絵担当が、富澤大勇から、兄の富澤大輔に交代しました。
ひきつづきご贔屓を、宜しくおねがいいたします。
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