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くもりもはてぬ

大空は梅のにほひに霞みつつくもりもはてぬ春の夜の月
定家

この歌の本歌は大江千里の 照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき だそうだ。晴れてもいないけど曇天というわけでもない。春の夜はやっぱり朧月夜だよね。もののあはれは煌煌たる秋の月夜だけじゃない。朧な光だっていとをかしくない?って。

さらにこれは白居易の詩 不明不暗朧朧月 のカバーだという。明ナラズ、暗ナラズ、朧朧タル月。すると、千里は意味はほとんどそのままで、ゆるい日本語に翻訳したというわけだ。そこに定家がやってくる。カバーってのはこうやんだよと、千里のギターを奪っていきなり大空に翔け上がり、薄く霞む夜空を梅の香で一杯に満たす。源氏物語「花宴」巻で妖艶な美女・朧月夜が口ずさんだのが千里の歌だった。視覚風景を濃厚な香りで包んでなお曇りもはてぬ春の夜の月と最後だけ名詞で止めて締める。

ここに和歌は個人の心情・感興の表現からはるか遠くまで来た。定家「の」歌とはもう言いがたい。白居易、千里、紫式部、とパスが渡って最後に定家がゴールネットを揺らす。戦略に関する深い理解と広い視野と、大空を香で満たして朧な夜を溶かすテクニックがあってこそ最高の FW、平安最後のピクシー。

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