見出し画像

峰にわかるる横雲の

春の夜の夢の浮橋とだえして峰にわかるる横雲の空
定家

複数の別音源を重ねる現代のDJ mixのような一首だ。一つめの音源は古今和歌集、壬生忠岑の「風吹けば峰にわかるる白雲のたえてつれなき君が心か」。二つめは源氏物語最終巻の「夢浮橋」。そして三つめが『文選』に収められた「高唐賦」という物語詩だ。村尾解説* によると、巫山を訪ねた王が不思議な美女と出会う。一夜を共にした美女は、自分は雲の化身であると告げる。朝には山の雲となり、夕べには雨を降らすので、それを見て自分を思いだしてほしいと言い残して空に昇っていく。

三つの異種音源をものの見事にミックスしたこと以上に、元音源を知らなくても一首だけで完璧に成立している。「はるの よの ゆめの...」と低く緩いリズムを刻む浮橋(川に舟を並べて渡れるようにしたもの)が途絶えると、一転まどろみから目覚めた意識はぐんぐん上に向かって峰を左右に分かれ、雲になって空に達した。この高度差を音源ミックスしながら表現するって神技以外になに?

---

* 村尾誠一『藤原定家』笠間書院

写真:飯田線の車窓から(伊那〜駒ヶ根付近)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?