どどたん先生の実況中継:病理検体の切り出し

これからどどたん先生の模擬授業が始まります!全員着席!!

今日の症例は大腸がんの手術検体(仮想症例)です.年齢は 70 歳,男性,ほらここに手術検体があります.この手術検体を見る前にまず臨床経過から確認してみましょう.

まずは臨床経過の確認から

みんなはこの患者さんがどうやって病院に来たと思う?当たり前の話なんだけど,大腸癌の患者さんは「私は大腸癌ですから検査してください」なんてプラカードを掲げてやってくるわけではないのは何となく分かるよね?何かしらの症状があってやってくるはずなんだ.

教科書の記載だと血便や体重減少,便の狭小化などの記載があるけれども,本当にその主訴で来るだろうか?結構様々で有名人が大腸癌というのもそうだし多くは健診で見つかっているんだよね.古典的な教科書の記載と今の日本の医療事情,経済状況などと照らし合わせて考えないといけない.

田舎でなかなか病院にかかる習慣がないところだと,結構進行してから来る患者さんが多いけれども,都会よりだと健康意識が高くかなり早期で見つかることも多い.地域や時代を考慮することも当然ながら重要なんだ.じゃあそれが病理診断にどう役立つかって?何の役にも立たないよ,はっきりいうとね.

病理診断の立ち位置を理解する

でもね,病理診断というものが医療の中でどういう立ち位置を占めているのかということを理解することが,病理診断を学んでいく上で重要なんだ.あくまで病理診断は一断面でしかなく,当然その前,そしてその後があるはずだという当たり前の事実を常に意識しないと適切な診断が難しいということ.

病院に受診してからどういう検査をするのか.血液検査,大腸カメラあたりはみんな思いつくよね.貧血の程度や他の貧血が合併していないかを確認することも重要だし,腫瘍そのものを確認するために大腸カメラをする必要があるよね.あと造影 CT を撮っている事が多いと思うよ.

全身の転移の有無を評価しないと臨床的なステージが確定しないからね.あとは何をする?心電図とか高齢者であれば心エコーもするだろうね.なんでって?手術をするのに耐えうるのかを調べないといけないでしょ.手術したけど麻酔に心臓が耐えられなくなってなくなりましたじゃほんと笑い話にもならない

病気は一つだけじゃない

ここでみんなに強く覚えておいてもらいたいのは,併存疾患についてはかなり慎重になるべきだということ.大腸癌があれば既往歴,家族歴を確認して他の腫瘍などがないかはきちんと検索すべきね.実は乳がんが合併していて大腸癌は治ったけど,乳がんで亡くなりましたじゃ目も当てられない.

我々医療従事者は一点買いしてはだめで,常に慎重に検査をしないとだめ.もちろん馬鹿みたいに検査を乱発するのも良くないし,医療経済の観点からも多分勧められないことも多いと思うけど,診断の 6-7 割は病歴聴取で重要ということもあるように,丁寧な病歴をもとに検索をすべきだと思う.

そして,じゃあ申込書を見てみようか.なんて書いてある?「大腸癌で切除してきました.お忙しいところ大変申し訳ありませんがよろしくお願いします.」これだけか.はっきり言ってそんなのわざわざ書かなくてもわかるよね.昔はこういう依頼書に目くじら立ててたけど.

病理診断の申込書

どどたん先生は最近は角が取れて丸くなったのか,あまり言わないようになってきたよ.ドライな言い方だけど,レベルの低い臨床医にわざわざ高度なことや複雑なことを書いてもしょうがないわけで,そういう申込書しかかけない臨床医には定型的な診断書を送り返してやればいい.

じゃあ何を書けばいいのかって?主訴から始まる簡単な臨床経過,臨床的なステージング分類,特に検索してほしい事項あたりでいいんじゃない?大腸癌の手術の前には必ず生検をしているはずだから,その結果も簡単に付記しているとなお良いね.ちなみにそこまでできる臨床医は見たことないし多分いない

ここで初めて臓器の確認~本当に本人のもの?

さて,ここまで来て初めて臓器を確認するんだ.まず最初にすることは?これが該当する患者さんのものかどうかを確認することだ.馬鹿みたいに思うかもしれないけど,病理関連の事故で多いのが取り違えや紛失なんだ.

これは多分病理に限らないとは思うんだけど,高度なレベルでの判断の間違いというのはその事象の性質からトラブルになりにくい.実際のトラブルはもっと低い次元で起きている.右左の間違いもそうだしね.だから基本的なんだけど,きちんと確認する癖をつける.これは「くせ」にしたほうが良い.

検体のオリエンテーション

さてこれは●●さんの大腸癌の検体だね.これは S 状結腸切除らしい.さぁどちらが口側でどちらが肛門側?その根拠は?正解は申込書を見ないとわからない,でした.S 状結腸切除の場合は口側,肛門側対称性で,基本的に臨床医がマーキーングしてくれないとわからないんだよね,という当たり前の事実を書いている教科書ってあんまりないんだよね.当たり前過ぎて誰も書かない.ちなみにこういう細かい知識は臓器ごとに異なるから,あくまで大腸癌の場合は,という認識でいること.

こういう細かい知識がたくさんあるからこそ,「教科書を読んだだけでできるようにはならない」という事実がある.えっなに?そういうのを全部含めた教科書を書けばいいって?それはおっしゃるとおりです笑

申込書には口側に点墨を打ってあると書いてあるね.だからこっちが口側だ.ちなみに特になければ画面の右・上側を口側,頭側にし,左・下側を肛門側,尾側にしている.なんでかってあまり疑問に思わないこと.日本の道路はなぜ左側通行でないといけないのか,という疑問に近い.

そして並べた写真を撮って肉眼所見を記載しましょう.

小休憩

ちょっと疲れたのでここで休憩します.乾燥しないように濡れガーゼを被せて,,いや,水の中につけておこう.切り出し室は最近はホルマリン対策の影響で換気が異様にいいから,濡れガーゼでもすぐに乾燥してしまう.じゃあお昼ご飯を食べてからまた集合にします.

お昼ご飯の話題からの肉眼所見

さぁでは続きをします.みんなはお昼ご飯はなに食べた?今日の食堂のランチは外れでしたね.そう,今まで敢えて言わなかったけど,どどたん先生は実はおからが苦手んだよね.というわけで続きを見ていきましょう.

さて,肉眼所見を取るわけだけど,肉眼所見を取る最終目標は言語化された情報からその肉眼所見を再現できる,具体的には肉眼所見の情報からスケッチをして本物に近い絵を描けることが目標.そのためには何が必要かをこれから列挙していきます.

大腸癌の場合は大腸癌取扱い規約というのがあって,原則的にそのルールブックに従ってやっていきます.ちなみに諸外国には例えばアメリカでは CAP の grossing manual や Rosai and Ackerman にも grossing manual がついているし,他にもいくつか本があるので参考にしてみるといいね.

基本的に日本の取扱い規約のほうが詳しいからそれに従っておけば不足することはないと思う.さて,まずは検体の大きさから測定しよう.大腸癌の場合は腸管軸X短軸で測るんだけど,他の検体は最大径 X それに直行する径 X それに直行する径 3 次元,で測定する.腸管は開くと平面的だから二次元でいいんだね

次は口側断端,肛門側断端からの距離を記載しよう.一番短いところだね.これで腫瘍がどこにあるのかというのが大まかに確定する.その上で腫瘍の大きさを測定しよう.厚みがあれば三次元で測定しよう.腫瘍の測定も腸管軸に関係なく,最大径 X それに直行する径で測定するんだ.

腫瘍の肉眼型

難しいように感じるかもしれないけど,慣れれば簡単だよ.さて,腫瘍の肉眼型の記載なんだけど,教科書に書いてあるよね.昔は Borrman 分類といって,その名称を使っている人も未だにいるよね.まぁみんなも使ってもいいんだけど,多分古臭いひとだって思われるよ.

ちなみにみんな肉眼型はちゃんと覚えている?どどたん先生は覚えるのが無理で初期研修医はおろか後期研修医に入って二年目くらいまで覚えられなかった.あの絵を見てもピンとこないんだよね.というわけでとりあえず 3 型ですかねぇといって怪訝な顔をしたら 2 型って言い直せばいいんだ

理由は簡単で,3 型及び 2 型多いから.大腸癌で 4 型はほとんど見ない.あと狭窄が強くてステント留置されている症例では肉眼型の把握が困難だから不明あるいは 5 型と書けばいい.

真面目な人向け

えっ,ちこりん君は真面目に勉強したいって?じゃあ簡単な見分け方を教えよう.この症例は進行癌だからアラビア数字の 1-5 型についてだね.まず 1 型が隆起で, 4 型が平坦, 5 型は分類不能(いくつかのタイプが合わさったものを含む).まずはこれは覚える.

それで頻度が多い 2, 3 型はそれぞれ潰瘍限局型,潰瘍浸潤型と言われる.どちらも潰瘍の周りに周堤が形成されるのが特徴で,周堤が完全に形成されたら 2 型で,一部でも崩れていれば 3 型になる.

すると,勘のいい人は気づいたかもしれない.一部でも周堤が崩れたら 3 型になるので,細かいことを言えば,大部分は 3 型になってしまうんだ.ただそこらへんは程度問題で,ほとんど崩れていなければ 2 型になるので解釈次第では 3 型の頻度が多くなってしまう.だから最初に 3 型といえばいいんだ.

ちなみにこの症例は 2 型病変だ.どこも周堤は崩れていないよね.それでひっくり返してみよう.そうすると,漿膜面が少し引き連れているところがあるでしょ.おそらくここは腫瘍の浸潤に伴って漿膜及び固有筋層が牽引されているんだ.こういうところは集中的に標本を作らないといけない

実際の切り出し

じゃあどのように切り出しをするか.これは結構人によりまちまちなんだけど,ここは大腸癌取扱い規約に従うことにしよう.まず口側断端,肛門側断端を作ろう.これは横一本でも環状でもどっちでもいいよ.

大腸癌の場合は肉眼的に断端陰性であればまず陰性,粘膜内を這うことはほとんどないし,もしあったとしたらびまん性の進展だからどこをどう切っても出てくるはず.だからどっちでもいいんだ.

次に腫瘍を切っていくんだけど,そうだな, 5-7 mm 間隔で連続的に切っていこう.前の先生に十字で切るように言われましたって?じゃ逆に聞くけど,何で腫瘍を十字方向に切るの?その根拠は?本に書いてあったから?

今の癌取扱い規約には十字切りの記載はなくなっているし,そもそも十字切りの根拠というのは病変の中心部が一番深いはずだ,という理論にもどつくわけだ.だからど真ん中を入るように作ればいいという話なんだよね.でも真ん中が一番深い,という根拠もない.

今どきの流行りは縦でも横でもいいから連続的に切っていって,それで一番深いところを作るのがベター.そう,一番深いところを作るんだ.ここで根本的な疑問に戻ってみよう.

病理診断をする意義とは?

とりあえず今切り出しをしている大腸癌に限ってみるけど,外科材料(手術検体)の病理診断をする必要ってそもそもなんだろう.臨床の先生は何が知りたくて病理に検体を提出しているんだろうか.その大まかな流れを理解していないと何をしているの変わらなくなってしまう.

いろいろあるけれども,一つは次どうするか,という指針がほしいというもの.手術をしたあとの次の治療方針というのは要するに UICC staging とも言える.今は頻度の高い疾患は治療が標準化されていて,statging が決まれば次の治療も決まる.つまり stage を決めるための TNM 要素が必要とも言える.

M は転移だから検体が提出されないと評価できないし,N はリンパ節転移だから提出されたリンパ節を評価する.T は腫瘍の進展で,大腸癌においては深達度の評価だから,平たく言い換えると「一番深いところはどこですか?」という話になるんだね.

だからこの大腸癌の切り出しの一番の目的というのは一番深いところを作ることなんだ.確率の問題もあるから,実際は複数作るんだけど,T の評価,という観点からすると,要するに一番深いところを1個作ればそれで十分なんだ.じゃあ切っていこう.スパスパスパ

割面の観察

この割面を見てご覧,どこに腫瘍がある?えっよくわからない?じゃあ白いところはどういうふうに分布している?うん,そうだね,固有筋層まで行っているよね.だから肉眼的にこの大腸癌は進行癌とみなされるから全部を切る必要がないんだ.ん?ちょっとわかりにくいって?

そもそもなんで腫瘍は白く見えるのかって?それに対して適切に答えることはなかなか難しいんだけど,ちょっと変わった答えとしては色がついていないからと言えるかな.ヘモジデリンやメラニンであれば茶色に,ビリルビンであれば緑色に見えることがあるけれど,普通の腺癌は色がついていない

もう一つは,他の既存の構造物と比べて細胞密度が高いことが挙げられると思う.細胞が組織構築を作る場合は秩序立てて配列され,それが機能を作るので,様々な模様ができる.腫瘍,特に癌の場合はその秩序がなくなるので,結果として充実性に見えてしまう.髄様とも言ったりするね.リンパ節もそういう意味では髄様だね.腫瘍壊死があれば若干黄色みがかかって見えることもある.

早期癌 vs 進行癌

もう一つ,固有筋層に達しているから進行癌だと言った.そしてだから全部切る(=標本を作る)必要はないといった.どういうことか,これも説明しておこう.

多分みんなは進行癌の定義がまだ曖昧だと思うけど,とりあえず固有筋層まで達していると進行癌,達していないと早期癌と理解しておいてくれたらいい.じゃあ進行癌だと示すためにはどうすればいいか,それは肉眼的に固有筋層に達している前提で一番深いところ,深そうなところを数箇所作ればいい.

存在証明をするのは比較的簡単で一箇所でもあればそれで十分である.じゃあ逆に早期癌(=粘膜下層までの浸潤)であることを証明するためにはどうしたらいいか.これがなかなか難しいんだ.でないことを証明するためには現実的にはすべての可能性を検証して否定しないといけない

すなわち,早期癌であるといいきるためには腫瘍部分はすべて標本作製した上で,固有筋層への浸潤はどこにもありませんでした,というロジックで進めないといけないんだ.めんどくさいよね?だからどどたん先生は進行癌の切り出しが楽で好きなんだけど,患者さんからすると当然早期癌のほうが望ましい

化学療法後は辛い

ちょっと話がずれるけど,最近は化学療法や放射線療法後の切除検体が増えてきているんだよね,特に乳癌(しかも巨乳!!).今は結構効く薬が出てき始めているから,今言ったことと同じロジックで,摘出した検体内の癌は無くなりました!といいきるためには相当数の標本を作製し,さらに丁寧に鏡検しないといけなくなった.

これを AI の技術でなんとかできるんならそれに越したことはないけど,乗り越えるべき課題はまだまだあるように思うね.

切り出しのまとめ

まぁそれはともかくだ,一番深そうなところを数箇所作ってあとはリンパ節を詰めて,切り出し自体は完了だ.これをみんなに説明しながら行ったから,大体トータルで 1 時間くらいかかっているけど,通常業務で 1 時間かけていると,何もできなくなってしまうので,だいたい 20 分程度でやっている.

大腸癌の切り出しは病理の切り出しの中でも最も簡単,というか基本的な部類に入るんだけど,それでもたくさん考えるべきことはあったし(本当はその後の治療についても考えるべきなんだけど,それは顕微鏡のときに説明しよう),きちんと考えながら切り出しをするととても creative な作業とも言えるよ

というわけでもう五時を過ぎちゃったから,今日の授業はおしまい.次は今日切った大腸癌の症例をもとに組織学的所見を読み解いて,どのように組織診断を組み立てていくか(レポートに何を記載するか),臨床医が何を我々に求めているかを含めて学習していくことにしよう.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?