なぜ医師はインフルエンザの検査をしたがるのか

# インフルエンザの検査の是非について

どどたん先生が昔なんちゃって内科医をしていたときは冬の時期はよくインフルエンザの検査をしていました.その時の経験を踏まえた話です.その当時から若干時間が経ってしまいましたが(ゾフルーザの登場やタミフルの 10 台への投与禁忌解除など),その本質は変わっていません.

なおこの note では小児特有の病態についてや,いわゆる新型インフルエンザについては扱いません.あくまで一般外来あるいは夜間の救急外来に受診したときのことを想定しています.

ここの検討では敢えて論文を引用してはおらず,すべて二次資料あるいは診療マニュアルレベルの三次資料を根拠に議論を展開しています.それはいろいろあるのですが,どういう医療が理想的あるいは医学的に正しいかという話ではなく,今現状で行われている医療をベースにした議論をしたいからであり,もっというと社会的な背景も含めた議論が必要だと考えているからです.

# インフルエンザの検査を何故したがるのか

いろいろあるのですが,一番の理由としては(ウイルスを実際に確認する以外の)明確な診断基準が存在しないからだと考えています.

最近色々な病院で用いられている「今日の臨床サポート」においては明確な診断基準を提示することなく,病歴や経過でインフルエンザを疑う場合は迅速診断テストを行う,としています.さらに,病歴をもとに,インフルエンザ迅速診断テストを行って陰性でも,必要に応じて半日から 1 日おいて再検することもある,としています.この方針に対して異論のある先生はたくさんいらっしゃると思いますが,これが日本の多くの一般的な病院で行われている,ごく普通の診療内容かと思われます.

他には例えば,インフルエンザ診断マニュアルではインフルエンザの流行期間中 (例年 11 月 〜 4月) に以下の4つの項目全てを満たすものとしています.

1. 突然の発症
2. 高熱
3. 上気道炎症状
4. 全身倦怠感等の全身症状

確かにこの診断基準の中にはインフルエンザ迅速キットの検査結果は踏まれていません.いわゆる典型的なインフルエンザの症状と言えるでしょう.でも,患者さんが来たのが早すぎて,例えば 37.3 ℃くらいの微熱だったらどうするか?とか肺炎はこの診断基準で除外できるのか?などの疑問に対して,この診断基準には答えを用意していないように見えます.

# もう少し問題を切り分けましょう

どうやらインフルエンザの診療に対して異論を唱えている先生たちは

・インフルエンザの迅速診断キットを濫用すること
・健康な人にインフルエンザ治療薬を用いること
・そもそも発熱が出て,病院に行くこと

この 3 点について疑問を唱えているように感じています(もっともどどたん先生もすべてを把握しているわけではないのですが).一つ一つ考えてきましょう.

# インフルエンザの迅速診断キットを濫用の是非

冬の時期はインフルエンザの検査を乱発している病院は数少なくないはずです.やる気のない先生たちはとりあえず検査して陽性ならば,タミフルやイナビルあるいはリレンザ,ゾフルーザを処方し,陰性であれば時間をおいてから検査をしに来るように指導していることが多いかと思われます.

また家族内ですでに発症している場合は,状況が明らかなので,臨床的にインフルエンザと診断して,処方しているケースもあるかもしれません.

そこでインフルエンザの症状に着目するわけですが,

1. 突然の発症
2. 高熱
3. 上気道炎症状
4. 全身倦怠感等の全身症状

これらの症状自体はインフルエンザの専売特許ではありません.例えば他のウイルス性上気道炎や肺炎でも同様の症状を呈しえます.いくら流行していたからといって,これらの症状の人 100 人いてみんながインフルエンザかというともしかしたら 1 人くらいは肺炎かもしれません.そんな人に効くはずもないタミフルを処方して,数日様子を見なさいと自宅に返し連休明けに肺炎が悪化して来たとしたら...

若い人でも肺炎が悪化すれば死にえます.変な言い方ですが,下手な老人よりも若い人の肺炎は怖いです.助かって当然という中で悪化するのを見るのは医療従事者側からするととても不安です.

もし,これらの症状で(事前確率が高い)かつインフルエンザ迅速検査の結果が陽性であれば,少なくともインフルエンザはありそうだと考えられるわけです.もちろん肺炎を合併している可能性もありますし,もしかしたら心筋梗塞もあるかもしれません.しかし,インフルエンザのストーリーの中でプラスαとして捉えることができますし,他になにかを合併していたとして,少なくともインフルエンザはあると主張しやすいわけで,後でどうこう言われる可能性は低いでしょう.

もし検査結果が陰性で翌日も検査が陰性であれば,この時点でインフルエンザの可能性はぐっと下がるわけです(もちろん否定はできません).その時に初めて「もしかして他の疾患を見ている可能性があるんじゃないか...」と想起ができると次の治療へ継がるわけです.血液検査の CRP と同じ理屈で,コレ自体が特段に大きな意味を持っているわけではないけれども,alert 機能としての役割を果たしているとも言えるでしょう.

その上現状の診療マニュアルでもそのような旨の記載があるので検査を頻繁に行うことに対してケチを付けるのは難しいです(ちなみにガイドラインや診療マニュアルにおいて,検査は不要だと記載するのはリスクが高い,というので書きにくい,というのは百も承知です).

# 健康な人にインフルエンザ治療薬を用いること

このスライドの 8 ページ目には別にインフルエンザであっても普通の感冒と同じような対処で十分という記載があり,またこのスライドではインフルエンザ治療薬に関するエビデンスが書いてあります.

インフルエンザのときに必ずしもインフルエンザ治療薬を使う必要はないのでは,という意見には賛同です.実感としてはあまり同意しかねますが,インフルエンザ治療薬自体が罹病期間を 1 日程度しか短縮しないというのもまぁそうなのかもねと納得します.

しかし,使える薬があるのに使わずに,苦しめというのもそれはそれで変な話です.よくどどたん先生も患者さんにこっちの薬はジェネリックがあるから安いよーとかいろいろ話をしていましたが,熱できつい多くの患者さんはそんなのどうでもいいから早く薬くれーというニュアンスの方が多くて,途中からそういう無駄話は辞めました笑

夜間受診の場合はそれだけで,結構弾むのと経済的なことを考える余裕がない人が多いようです.あとは,おそらく多くの人は,一日仕事を休むことによる損失よりも,インフルエンザ治療薬のほうが安いと思います.そしてその一日仕事を休むことの価値は患者さん自身にしか判断できないわけで,少なくとも 48 時間以内で薬を望む人に対して処方しない根拠は乏しい印象です(先生たちはどうですか?インフルエンザの薬の値段と一日仕事を休むことと比べるとどちらがお得ですか?).

# インフルエンザが流行している時期に発熱が出て,病院に行くことの是非

これについても難しいのですが,正直しょうがないと思っています.

例えば,こういうツイートもあったりして,結構何も知らない非医療従事者の一般の方に対して行動を制限できるのは我々くらいしかないのです.

どどたん先生が見聞きしている範囲内では,職場で体調不良を理由に休む場合,原則的に病院受診を指示させているところがほとんどですし,ほぼ全てだと思います.診断書まで要求するところとしないところがありますが,それはまちまちです.ちなみに冠婚葬祭で証明書を提示するように言っている職場はまだ見たことありません.だからか,とある人は親戚が何人も死んでいるような悲惨な状況があるのでしょう.

でもこれ,やりすぎではなくて,雇用側には従業員の健康管理をする責任があるわけです.基本的には業務中の疾病を想定しているように見えますが,健康診断なども含まれており,かなり広いニュアンスと考えるべきです.そうすると,会社としては高熱が出て家でくたばっていると言われても,どういう状況なのかわからず困るわけで,とりあえず病院行って見てもらっておいで,ということになることは容易に想像できます.

Twitter 界隈では「インフルエンザが流行っている時期に,自分が熱が出たらインフルエンザの迅速もせず薬も飲まずに自宅で熱が下がるまでじっとしているよ」というご高名な先生がちらほらいらっしゃるようですが,多分普通の病院でそれをやると反感を買うことでしょうし,なかなかそれを許容してくれる会社はないでしょう(よく,欧米諸国と日本を比較して,日本でもこういうことを許容するような社会が望ましいという方がいらっしゃるかもしれませんが,本当にこれを許容してしまうと,当然流行期は人手が足りませんから,ほぼ必ず定時運行のバスや電車,ファーストフードでもそれなりのサービスをそこそこのコストで得られなくなるわけで要するにトレードオフみたいなところがあるわけです).


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