「通勤電車で見かけるサラリーマンが、なんかやだ」という感覚

1、何のために生きるか?という指針

 「通勤電車で見かけるサラリーマンが、なんか嫌いです。」就活生時代、企業面接の際に何度かこのエピソードを話した。いざ自分が社会人として働いてみると、かっこいいサラリーマンもいることが分かった。かっこいい/かっこよくない、その二者の違いは、自分なりの指針を持ち、自分はなぜ働くか?何のために生きるのか?という思想や理念があるか否か、というのが今の自分の考えだ。
 ではどんな指針を持つべきか?、という問いに対しては、王道の考え方かもしれないが、稲盛和夫氏の考え方に自分は共感した。

私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。もっとも根源的ともいえるその問いかけに、私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。
             稲森和夫(2004).『生き方』サンマーク出版

2、指針に向かうための手段としての”仕事”

 たとえば、友人関係を考えてみよう。考え方、趣味、性格、人によって様々だし、ぶっちゃけ各々勝手に楽しく生きていればそれでよいと思う。ただ、自分が付き合うにあたって、やはり人として邪悪ではないかどうか、という点だけは譲れないように思う。「自分がしてほしくないことは、他人にするなかれ」という白銀律を、どんな状況においても徹底できるか、簡単なようですごく難しいこの原則を終始守ること、それが魂を磨くということなのではないだろうか。
 そういう意味で、仕事はとても良い人生修行の機会だと思う。だからこそ、たとえお金があったとしても人は仕事をするべきで、仕事をせずに日々を過ごしていると、どんどんクズ化してしまうのではないだろうか。
・なんでこんなやつのために頑張らないといけないの?
・なんで自分だけこんなにきついの?
どれだけ自分にピッタリ!と思った仕事でも、必ずこんな気持ちは生まれるはず。そんな時、これも修行、これを乗り越えることで自分が1つ成長できるんやぁ!と、自分に言い聞かせることが大事。

3、”仕事”を通して実際にどんな学びが得られたか

 とはいえずっと修行なんて嫌ですよね、わかる。でも、苦しいことばかりではない。実際、この修行を続けることで、自分自身多くの学びを得てきた。数々の学びの中で、一番大きな学びとなっているのは、何事においても主体性を持つべしという考えだ。冒頭で述べた「何をしたいか、どう生きたいか」を考え、そこに向けて努力することもその1つと言える。
 新卒時代、「お前はどう思うの?」「自分ならどうアクションするの?」と先輩から何度問われたかわからない。しかし、この問いを自分に投げかけることで、他者の体験ですら自分の体験のごとく経験値に変えることができるし、何か問題に直面した時でも「自分がコントロールしてやる」という意志を持つこともできた。

終わりに

 本記事の内容をまとめると下記の通り。

自分はなぜ働くか?何のために生きるのか?を考えてみる
→(その1つの解として)魂を磨くためである
→魂を磨くための、手段の1つに仕事がある
→そんな想いで仕事をしていると、苦しい中でも多くを学ぶことができる
→自分の中では、”主体性を持つ”ことの大切さを学べたことが1番大きい

そして、主体性を持ちながら生きることができれば、自分の人生をより有意義なものにできている感覚が出てくる。ただなんとなく生きたり、人に流されながら生きるよりも、QOLの高い人生になるのではないだろうか。