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24マジックアワー・ピープル

 交差点にセダン。傍らに学校指定赤色ジャージの少女。昼と夜を足して2で割ると空はマジックアワー。彼女は初心者のスーパーマリオ1-1みたいなびよ~んとしたジャンプでボンネットに飛び乗った。ここでは内輪差について考える必要はない。なにしろ時間が止まっているのだから。車の上に彼女は横たわる。二時限目に早退して部屋でテレビを観ているみたいに。まだ僕はそこまで寛げない。

「眠たいの?」
「人は眠たくなくても眠れるのよ。起きているのに飽きたら、みたいな理由でも」
 この世界では睡眠は娯楽として処理されるらしい。
「でもね、極力眠らないようにしているの。目が覚める度に、ああ美しい空だわ! なんて思いたくないし」指を組んで彼女は言う。その姿はどこか芝居がかっている。
「現実だって朝起きたらこんな感じだよ」
 ずっと夕方だけれど、別に朝焼けでもいい。なにしろ時間が止まっている。

 失踪した同級生を探しているうちに鏡の世界に迷い込んでしまった。こんな冗談が通じるのは鏡の中だけだろうから信じなくてもいい。冗談ついでに教えておくと鏡写しだからすべてが反転している。生物は僕たちしかいない。ミミズもオケラもアメンボもいない。腹は減らない、眠くならない。電気も車も動かない。

 春の終わりの生温さに僕は上着を脱ぐ。カレンダーを解読したら6月初旬だった。アイスが美味しい季節だよ。彼女はコンビニのアイスボックスに上半身を沈める。ずいぶん前にこういう事件があったな、と思う。ボックスの中に入った画像をツイッターに投稿したやつ。
「いくよー」
 空飛ぶジャイアントコーン。
「刺さったら危ないじゃないか」
「大丈夫。すぐそこに病院あるから」と彼女は笑うけれど、これはブラックジョークなのだろうか。
 彼女の先導でうらぶれた商店街を行く。ところどころで主のない自転車が直立したまま道を塞いでいる。八百屋の店先に並ぶみずみずしい野菜たち。魚屋で鯵と目が合う。洋服屋では鱗のようなスパンコールが夜にならない世界で星の代わりに輝いている。僕らは世紀末覇者みたいに好き勝手をしながら歩いた。それでも溶けないアイスクリーム。缶コーヒーはずっと温かい。「あたたか~い」の波線の上にこの世界は存在している。

「ここは天国だね」
 小料理屋のテーブル席で僕らは相対する。いくら待っても給仕は来ない。「本当にそう思ってる?」
「食べ放題、飲み放題だ」
 僕はコーラ、彼女はジンジャーエール。これからのことを考えたらビールで酔っ払えたらと思う。
「別にお腹減らないし」
「うるさいことを言う人もいないし、しがらみとかないじゃない」
「人がいないだけで天国なんかじゃないよ。ゴミは回収されないから臭いし、川は濁ってるし、いろんな問題が停止しているだけ」
「確かにいろんな問題が山積しているね。でも一番の問題はそれじゃないでしょ」
 彼女は急にそわそわし出す。きっと僕が何を言うのか分かっているのだろう。
「そろそろ帰ろうよ」

 意味も無く河岸を変えて、今度はカラオケボックスにいる。内緒話にはもってこいの場所だ。彼女は咳払いをひとつすると、表情を作って話始める。
「あのね、私は怖かったの。外にいる時は人生がずっと続いていく恐怖に怯えていたわ。その一方で何もないまま時間が過ぎるのも怖かった。もしココを出たら、たぶん二度とこの奇跡の塊のような場所には戻って来られないよ。きっと私はそのことをずっと後悔して生きるんだと思う」
 彼女の芝居がかった演説はそこで終わった。どこかしら満足げな表情だ。
「君は1人でいる間、そのセリフをずっと頭のなかで繰り返していたんだろうね。何回も何回も。僕はね、何も終わらない方がずっと怖いと思うよ。この場所に居たら1秒も前に進まない。ねえ、君がいなくなってから何年経ったと思う? 10年だよ」
「10年……」
「ずいぶん外は変わったよ。君が案内してくれた商店街も今はもうないんだ」
「そんなこと聞いたら余計戻れないわよ。私の居場所なんてどこにもない」「そのことなんだけど……。この10年ずっと僕は君を探し続けてきたんだ」
 ずいぶんロマンチックな話だと思うのだけれど、現実はそうでもないようだ。
「ええっと、あの、何が言いたいかって言うと、僕も大人になったんだ。だから1人くらいならなんとか養っていけるよ。君さえよければだけど……」
「それって、プロポーズ?」
 その瞬間、時が止まった。いや元々止まっている。じゃあ永遠だ。次の瞬間が来るまでの永遠。この世界でも相対性理論は成立している。
「ねえ、あなた」
 彼女は大人みたいな意地悪さで、子どもの顔をして笑う。
「もしかしてロリコンなの?」

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